臆病な背中で恋をした
 わたしは。
 ただその花にじっと見入っていた。
 亮ちゃんと花・・・というのが上手く結びつかなくて。
 それが刺青だったこととかは。
 自分にとって、それほど大きな意味を持っていなかった。

 斜めに流線を描く、水のような紋様と紫の花筏(はないかだ)。

 きれい。

 触れてみたくなって。指を伸ばす。

 届く前に。亮ちゃんは床に落としたシャツを拾い上げ、無造作に羽織ると。半身を振り返り、冷え冷えとした眼差しでわたしを見据えた。

「・・・・・・分かったろう。俺はもう明里が知ってる日下亮じゃない。裏社会の人間だ。・・・明里とは生きる世界が違う。これ以上、俺に関わるな」

 まるで仮面を付けているように、表情ひとつ変えずに。声まで機械みたいに、温度を少しも感じない。

「・・・グランド・グローバルは、裏で広域指定暴力団“櫻秀会”と深く繋がっている。俺も真下さんもそっち側の人間だ。いざとなれば平気で何もかも切り捨てる。・・・社だろうと明里だろうと」

 耳が聴いていることをぜんぶ脳が咀嚼するまで。少し時間がかかってるみたいだった。

 亮ちゃんの言うことが作り話に思えてるわけじゃない。突拍子もなくて信じられないわけでもない。そっか。だから亮ちゃんは、わたしを遠ざけようとしたんだって。そこだけは分かってしまって。冷たく云いながら、わたしのことばっかり考えてるんだって。亮ちゃんは亮ちゃんだなぁ・・・って。
 昔から変わってない。わたしを大事に想ってくれるところも、守ろうとしてくれるところも。

 やっぱりわたしは。
 ・・・今それだけは分かってるの。
 これだけは、変わらないの。

「・・・・・・どんな亮ちゃんでも、わたしは好き」
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