臆病な背中で恋をした
 その刹那に亮ちゃんが目を見張り。苦しげに歪めて顔を背けたのを。わたしは頭で考えるよりも先に躰が動いていた。
 椅子から立ち上がり、羽織っただけで前を開けたままの亮ちゃんの胸元に顔を寄せ、背中に両腕を回す。そっと抱き締めるように。

「・・・・・・話してくれてありがとう亮ちゃん・・・」

 亮ちゃんは黙ってされるがままだった。

「・・・きっとわたしには知られたくなかったよね。・・・ごめんね」

 もし亮ちゃんのおじさんとおばさんが知ったら。親不孝だと嘆いて罵って。傷付いて泣くだろうか。ナオ達が知ったら怒って悔しがって、一生許さないと憤るだろうか。

 帰って来なくなった理由もやっと解けた。本当は帰りたくても帰れなかった・・・? もう自分にはその資格がないからって。
 わたしを送って家の近くまで来た時。亮ちゃんはどんな思いでいたんだろう。すぐその先に家族が待つ家があったのに。ナオに嘘を吐くしかなかったことも、最初からその覚悟で。


 ここで打ち明けてくれたのは・・・終わりにする為?
 もう二度と、自分が暮らした街には足を踏み入れないつもりで。
 わたしから離れるつもりで。
 凡てに決別するつもりで。

「・・・・・・誰にも言わないから、おばさんにもナオにも。・・・大丈夫、心配しないで亮ちゃん。ちゃんとお墓まで持ってく」
 
 愛しい人達にせめてもの優しい嘘を吐き通す。わたしに出来る精一杯。

「隠すのはわたしだから・・・亮ちゃんは悪くないの」

 自分に出来ることなんて、たかが知れてる。亮ちゃんを守るとか支えるとか。そんな傲慢なこと思ってすらいない。ただ。
 染め抜かれた背中に。言えなかった思いや、閉じ込めないといけなかったココロを刻み込んで、自分を赦さないでいるみたいで。独りにならないで欲しくて。ただ・・・抱き締めてあげたい、それだけ。

 ゆっくりと顔を上げて。不透明に揺れてる眸を見つめた。

「だからいいの。亮ちゃんがわたしを連れていっても。・・・・・・悪いのはぜんぶ、わたしだから」

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