臆病な背中で恋をした
 先輩たちの他愛もない話に耳を傾け。相槌を打ちながら、ナオお手製のシラス入り玉子焼きを食べて。午後からも普通に仕事をするだろうし、一週間先だって変わらないんだろう。

 何を知っても。わたしは変わらない。
 亮ちゃんへの想いも、亮ちゃんが何者であっても。
 会社がどうでも・・・隠された真実があったのだとしても。
 わたしのナカは。背中に咲いていたあの花でいっぱいになってしまったから。

 ほかのことは。水が流れるみたいに通り過ぎてしまうから。いつか何かが暴かれて。変わり映えのしなかった日常が突然、かき乱される日が来るとしても。 

「わっ、そろそろ時間だよー。おトイレ混んじゃう!」

 初野さんが腕時計に目をやって三好さんを急かす。

「ハイハイ」

 メロンパンを最後は飲み込むように頬張る三好さん。
 そんな光景をわたしは微笑ましく眺める。見えていない膜のようなガラス越しに。
 





「お疲れさまです。お先に失礼します」

『お疲れー』

 終業時間になり、初野さん達に挨拶をして先にロッカールームを出た。急いではいないけど、今日はこのあと7時まで時間を潰さないといけない。買い物をするからとゴハンの誘いを断った手前、のんびりしてるわけにも行かなかったのだ。

 1時間をどこで、と頭を捻る。
 建物を出た途端、凍るような空気。首許にマフラーをしているのに肩を竦めてしまう。ウロウロするより、コーヒーショップで大人しく待ってよう。駅から少し離れたお店を思い浮かべて、わたしは歩き出したのだった。
 


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