臆病な背中で恋をした
 7時に駅前通りにある銀行の前で待つように、津田さんからラインが入っていたのはお昼前。 
 指示だけで用向きも何も。訊いたところで教えてくれそうな気がしなかったし、断る権利も理由もないと思ったから。短く承諾の返信だけした。

 5分前には到着して、出来るだけ道路寄りに歩道に立ち、寒さを堪えながら待つ。暦では大寒の頃。手袋をしていても指先がかじかむ。雪国じゃないだけまだ楽なのかなぁ。
 グー、パーを繰り返しながら紛らわせていると。見憶えのある白い外車が、ハザードを点滅させながら減速してわたしの前に停車した。

 亮ちゃんだと頭から信じて、運転席から降りて来たのが津田さんだと気付いた時。一瞬、躰が強張る。亮ちゃんはいない。だとしたら。
 津田さんはわたしに目もくれず、機械的に後部ドアを開ける。背中から、早く乗れと無言の圧力を感じて諦めて乗り込んだ。

「明里。しばらくだったな」

 口角を上げ、目を細めてそこに居たのは。妖艶さすら滲む風格を漂わせた・・・真下社長。
 どことなく仕組まれた気もして。静かに走り出した檻(おり)の中で、わたしはもっともな質問をしてみる。

「・・・・・・今日は亮ちゃんは・・・?」

「亮は俺の使いで出かけててな。戻りは少し遅くなるだろうさ」
 
「そう・・・ですか」

「明里と2人で飯を食うのも、たまには悪くないだろう?」

 浅く口の端を緩めた社長の目の奥は。・・・津田さんに似て隙が無く見えた。
 
 今日の装いはストライプのグレーの三つ揃いに青色のシャツ、ネクタイはダークグレーで。こういう色合いでも着こなせているのは、輪郭のはっきりした整った顔立ちと・・・やっぱり空気感。威風堂々。そんなフレーズが頭の隅を過ぎる。

「亮以外の男にも少しは慣れておけ」

 伸びてきた手がわたしの頬に触れて、やんわりなぞる。妖しさを孕んだ眸に囚われたみたいに・・・動けない。

「怯えなくても取って喰いはしない」

 甘やかさとは裏腹の。獲物を前に牙を研いでいるかのような、不敵な気配。
 
「・・・明里次第だ。すべてな」
 
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