臆病な背中で恋をした
 チャイムは続けて2度鳴らされ、応答を待ってもう2度鳴った。

「・・・やれやれ」

 社長は肩を竦めると、億劫そうに立ち上がってドアの方に向かう。わたしは帯を拾い、手早く結び直して来訪者から見えない位置に身を潜ませた。
 誰かは分からないけど、ほんの少しだけ、断頭台に昇る時間が引き延ばされたかのような。もちろん結果が変わるわけじゃないけど。

「・・・明里には手を出すなと言った筈です・・・!」

 低く叫ぶようなその声が誰のものかを聞き取った瞬間。

「・・・ッッ、亮ちゃんっっ」

 思わず声を上げて身体が動いていた。

「明里っ!」

 ドアの前に立つ社長を押しのけて、駆け寄る亮ちゃんにわたしも飛びつく。

「何やってる・・・ッッ、馬鹿がっ」

「ごめ・・・っ」

 きつく抱き締められて、何かもう色んなものが込み上げて、溢れて。亮ちゃんの名前を呼びながら、堰を切って泣き出している自分がいた。

「どれだけ心配したと思ってる、明里に何かあったら俺は・・・っ」

 振り絞るような声に必死さがものすごく伝わってきて。もっと涙が止まらなくなる。

「ごめ、・・・なさっ」

 子供みたいにしゃくり上げながら、『ごめんなさい』と『亮ちゃん』を繰り返す。そのたびに抱き締める腕に力が込められて、亮ちゃんも何度も何度もわたしの名前を呼んでくれた。

 この温もりがどうか夢じゃありませんように。
 亮ちゃんの腕の中で痛いほど願って。祈った。
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