臆病な背中で恋をした
「どうせ、津田が亮に知らせるだろうとは思ってたがな」

 泣き止まないわたしの背中から、予想通りで面白くもないとでも言いたげな声が聴こえ。
 亮ちゃんの胸元からそっと顔を上げ、手の甲で涙を拭って後ろを振り返ると。バスローブをあっさり脱ぎ捨て、着替え始めている真下社長の姿があった。

「間に合わなけりゃ遠慮する気も無かったが」

 姿見の鏡に向かいネクタイを締め直して、少し離れて立つわたしを一瞥する。

「明里の覚悟は認めてやろう。俺と亮の為にいい子でいろよ?」

 軽口のようでいて。向けた視線と一緒に見えない切っ先を喉元に突き付け、脅しじゃないと迫られる気配に。

「・・・・・・約束します。絶対に亮ちゃんに迷惑はかけません」

 無意識に胸の前で組んだ指を強く握りしめる。

「・・・もしその時は、わたしはどうなってもいいです。その代わり亮ちゃんは助けてくれますか・・・?」

 わたしの肩を抱き隣りに寄り添う亮ちゃんが、驚いたように目を見張ったのが分かった。

「・・・いいだろう。明里の命ひとつで足りる時はそうしてやる」

「ありがとう、ございます」

 それだけ聞ければもう十分だった。ほっと安堵の息を逃して。

「亮」

 真下社長の口調が少し変わった。

「血相変えて飛んで来るぐらいなら野放しにするな、きっちり繋いでおけ。・・・次は無いと思えよ?」

「・・・・・・承知しました」

 頭を下げた後、背筋を伸ばした亮ちゃんの横顔は。何か吹っ切れたように凛凛しくて、思わず見とれてしまった。

「明里」

 上着を着た社長が今度はわたしに。

「はい」

「明日は出社しなくていい。今日こそ亮にちゃんと女にしてもらえ」

 口角を上げ不敵な笑みを浮かべると、片手を振ってドアの向こうに消えたのだった。
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