臆病な背中で恋をした
 珈琲の香りがして、亮ちゃんがマグカップを両手にわたしの隣りに座る。

「ミルクと砂糖は入れてある」

 テーブルの上に並んだ二つのカップ。お揃いってことは。女の人とか来たりするんだろうなぁ・・・。そんなことを思いながらじっと見つめていると。見透かされたように言われた。

「・・・津田と明里以外、使う奴もいないぞ。それも津田が勝手に置いてったんだ。何も無さすぎだからってな」

「津田さんが?」

 そっちの方が驚きで目を丸くする。

「亮ちゃんと津田さんて・・・そんなに仲がいいの?」

 すると。上着もネクタイも取り、シャツを気崩した格好の亮ちゃんが曖昧な苦笑いを浮かべた。

「・・・まあ津田は俺の補佐だからな」   

 それが会社での役割じゃないことはもう分かっている。

「俺に何かあった時のことも津田に頼んでおく。明里は心配しなくていい」

 淡々と口にする亮ちゃんに、わたしは首を横に振った。

「そんな風に言わないで・・・亮ちゃん。亮ちゃんに何かあったらわたし・・・」

 項垂れて、最後の方は消え入りそうに弱弱しい声になった。

 亮ちゃんがもしいなくなってしまったら。
 わたしにとって、生きるということが分からなくなる。

 この世から消えてしまったら。
 わたしも無くなる。
 
 でも何より。

 いつ自分がいなくなってもいいなんて。思ってて欲しくない。
 この部屋は。残さない為の部屋だなんて・・・思わせないでお願い。

「・・・・・・何があってもどこに行っても。わたしのところに戻って来るって、約束して・・・・・・」

 顔を上げて心から祈るように。この想いが届くように。切なく願う。

「・・・忘れないで。亮ちゃんにはわたしがいること」
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