臆病な背中で恋をした
ベッドとスタンドライトしか置かれていない殺風景な寝室。閉め切りのカーテンの透き間から差し込む薄日で、朝になったんだってことだけ。
お腹の奥の方に鈍い痛みと。気怠くてあまり言うことを利かない躰。
亮ちゃんは会社に行くものと思っていたのに、どうやら社長に『自宅待機』っていう一日休暇を言い渡されたらしい。怖い人だけど、それだけの人じゃないって何だか分かる。
昨日寄ったコンビニで買ってくれたみたいで、亮ちゃんはお昼に近い朝ごはんに、トーストとサラダ、ヨーグルトを用意してくれた。
「明里は食べないと調子悪くするだろう」
普段の朝はコーヒーだけで済ませると言った亮ちゃん。
中学の時、テニス部の朝練に遅刻しそうでご飯を抜いたら、授業中に気分が悪くなって保健室行きになったことがあった。結局、亮ちゃんのおばさんに車で迎えに来てもらう羽目になり、後で亮ちゃんにも怖い顔で叱られたっけ。
そんな些細な思い出も、ちゃんと憶えてくれてたんだなぁって。胸の中がふんわりした。
シャワーを浴びて一度サッパリしてから。今日はこれからどうしたいかを訊かれたから。
「・・・ずっと亮ちゃんにくっついてたい」
おずおずと強請ってみた。
「あんまり煽るな。・・・手加減してやれなくなる」
溜息雑じりに。でもわたしを見つめる眼差しは優しげで。
落とされるキスも触れる指先も。どこか臆病だったのが、包み込まれるみたいな揺らぎのなさを感じる。それをもっと憶えていたいと思った。この躰に染み込ませて、離れていても思い出さない時が無いくらい。
何度も切りがないほど。
見つめ合ってキスを交わす。
触れられて、繋がり合って。抱き締めながら・・・微睡んで。
素肌に寄り添い、胸の中を亮ちゃんの匂いでいっぱいに。
背中の花にわたしが口付けするのを、黙ってされるがまま。
亮ちゃんは時間の許す限り。愛してくれた、躰の隅々までを。
夜になって。「送る」と、亮ちゃんは会社では見かけたことがない闇色の装いをしていた。チャコールグレーの三つ揃いに黒いシャツ、シャンパンゴールドのネクタイ。これが今の自分だと・・・わたしの目に焼き付けたかったように。