臆病な背中で恋をした
 車の助手席に乗っている間もずっと、髪をいつもよりきちんと後ろに撫でつけた亮ちゃんの横顔を見入ってしまって。

「・・・運転しづらいだろう」

 呆れられても目を離せなかった。

 きっとこんな風に逢えるのは。七夕の夜の織姫と彦星と変わらないぐらいの確率だろうと思ったから。

「だって全然、見飽きないって思って」

 少しおどけたようにわたしは小さく笑った。

 
 途中イタリアンのお店で食事をして、亮ちゃんは和食のイメージがあったから意外だったって言うか。お箸でもフォークでも食べ方ひとつ様(さま)になっていて、未だにドキドキしちゃうって・・・重症かなぁ。何となく困った。

 


 家に向かう車の中は会話はそれほど多くなかった。云いたいことはいっぱいある気がするのにカタチにならない。愛しいとか寂しいとか、漠然とした感傷ばかりが沸いて。

「・・・亮ちゃん。手、繋いでていい・・・?」

 黙って左手を差し出してくれ、わたしはそっと大きな掌を握る。すると指を絡め直して恋人繋ぎをしてくれた。
 亮ちゃんも離れがたいって思ってくれてるのかなって。嬉しいのと切ないのとで、泣きそうになった。

 少し遠回りをして、公園とは反対方向の少し広い路上に車は停まった。

「・・・明里」

 仄かに薄明るい車内。亮ちゃんはわたしの頬に手を伸ばし、あの見通せない眼差しで見つめる。

「俺との約束は憶えているな?」

 こくり頷く。一生、破ったりしない。

「・・・・・・お前は俺が必ず守る。・・・信じろ」

 端正なその顔が寄せられて目を閉じる。最初から深いキスを繋げ、尽きない名残りを惜しむように。

 次の約束も確かな言葉も何も残さないで。亮ちゃんは車と闇に溶けるように、見えなくなっていった。
 温もりが消えかかった掌をきゅっと握り締め。星がまばらに煌めく、家々の合間に切り取られた夜空を仰ぐ。
 
 愛おしい人の名前をもう一度、胸の中で呟き家の中へ。昨日までとは違う秘密を隠し。昨日までと同じ変わらない笑顔で。

「ただいまぁ」

 いつものように。


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