臆病な背中で恋をした
プロローグ ~その、はじまり~
 ようやく厳しい寒さの中にも春の兆しが見えはじめ。ニュースでも早咲きの花が見頃を迎えた映像が流れたりもする。ついこの間お正月だったのに、あっという間に2月も終わり。時間だけはお構いなしに流れていく。変わらない速度で誰の上にも平等に。



 会社では任される仕事も増えてきて、もう『新人』ていう免罪符は期限切れだ。グランド・グローバルの年商実績は、緩やかでも上がり続けているらしいし、それはやっぱり真下社長の手腕なんだと思う。

「手塚さぁん! 悪いんだけど、1階に荷物来てるみたいで取りに行ってくれるー?」

「あ、はい!」

 内線を受けた初野さんから頼まれて、エレベーターホールに向かう。下から昇って来た箱の扉が開くと、乗っていた津田さんと目が合って思わず瞬き。

「・・・お疲れ」

「あっ・・・お疲れさまですっ」

 1テンポ遅れて挨拶を返す。

「上か?」

 操作盤に手を伸ばしたままで訊かれて、下だと答えると、一瞬考えるような顔付きをして「話がある」と目線で促された。
 他人に見られたらまた噂されるかもとイロイロ気にはなったけど、6階で降りた津田さんの後について、この時間じゃ誰もいない休憩室に入った。

「・・・日下さんに、あんたをマーケに引き抜けって言われてるんだけど来る気ある?」
 
 何の前置きもなく。テーブルの端にお尻を乗せ、腕組みしながら彼が言う。

「要は、俺に小動物の飼育係やれって話だけどな」

 なんで俺が、的な面倒臭いオーラを全開にされて、『ある』って言える人が世の中にどれくらいいるんだろう。統計を取ってみたい気が・・・。

「・・・えぇと。そこまで津田さんに迷惑かけられないですし」

「じゃあ無しってことで」

 ・・・思わず目を丸くした。一応わたしの意見は訊いた体、って言うのが津田さんらしいと言うか。

「・・・ま。どこにいようが給料分の面倒ぐらいは見てやるよ」

 深々と溜息を吐き、うんざり顔の津田さん。

 「なんなら飼育手当は別でもらうか。・・・日下さんに」
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