臆病な背中で恋をした
「・・・ああ言い忘れてた」

 何事も無かった顔で休憩室を出て行きかけた津田さんが少しだけ振り返って。

「明日の7時、銀行前で待ってろ、だとさ」

 それだけを言った。
 一瞬、また社長なんじゃ、と思ったけど。素っ気ない口調でもそれほど事務的に聴こえなかったから。亮ちゃんからの伝言だって雰囲気を何となく感じ取った。

 あの夜以来。・・・もうずっと顔も見ていなかった。連絡先を教えないっていうのも約束事のひとつ。逢えなくてどんなに寂しくても、我慢するしかないって分かってはいるの。
 
 亮ちゃんは出来る限り遠ざけることで、わたしを守ろうとしてくれている。形跡(あと)を残さないよう、いつでも自分だけが全てを引き受けるため。
 でもわたしは。傍で一緒に傷付いて同じ痛みを知っていたい。そう思うのはどうしても駄目なの・・・・・・?

 亮ちゃんに逢える嬉しさと。手が届いているようで届いていないような、もどかしさが綯(な)い交ぜになって。

 切ないのに・・・どこか苦しかった。
 
 
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