臆病な背中で恋をした
 お風呂上りにはわたしの髪までドライヤーで乾かしてくれた亮ちゃん。丹念に手櫛を通して、まるで自分の指先に手触りを憶え込ませているかのように。

「・・・髪、伸ばさないのか」

 不意に訊ねられた。
 そう言えば亮ちゃんが家を出た頃は、ポニーテールに出来るくらいの長さがあった。

「長い方が好き・・・?」

 わたしが問うと。

「そうだな。・・・明里は短くても似合ってる」

 懐かしそうに細く笑んだ。







 一晩中。亮ちゃんはしなやかで優しい猛獣になって、わたしを食べ尽くした。決して手荒くしたりなんかしない。でも容赦なく追い詰められては、息も絶え絶えにされた。

 切羽詰まったようにわたしの名を呼んで。『愛してる』・・・って低く振り絞る声を聴いた気がする。一度だけ。
 あれは。いつか言って欲しいって・・・わたしの願望が聴かせた空耳だった・・・?


 朝方、何かの気配で目が醒めて。寝ぼけ眼(まなこ)に薄ぼんやりと紫の花が映る。ああ・・・亮ちゃんのだって思って。それがゆっくり動いたから「・・・亮ちゃん・・・?」って無意識に呼んだ。

「・・・・・・まだ早い。寝てろ・・・」

 優しく頭を撫でてくれる大きな掌。ずっとそうしてくれてるから心地よくて、いつの間にか眠りに落ちてしまって。


 次に目が醒めた時。隣りに亮ちゃんは、いなかった。




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