臆病な背中で恋をした
 頭で考えるより先に、本能に突き動かれたように玄関から飛び出し。下から昇ってくるエレベーターを焦れながら待った。機械を急かしてもしょうがないけど「早く早く」って思わず口をついて出る。

 やっと1階に下り、エントランスの自動ドアを急ぎ足で駆け抜け。マンション前の歩道まで出て、右に左に辺りを見回す。車も人も日曜だからか、まだほとんど往来がない静かな朝。

 あれがもし夢じゃなく、本当に亮ちゃんがいたのだとしても。もういないって理性は働いているのに。もしかしたらって感情がわたしを諦めさせない。
 しばらくの間なにかを待って。車が走ってくるたび、自転車や人影が見えるたび、じっと確かめるように目を凝らし続けた。

 やがて大きく吐息を逃し、わたしはノロノロと踵を返す。その刹那、黒いセダンが音もなくゆっくりと市街に向かって走り去って行くのが目の端に映って。何気なく見送った。


 部屋に戻りベランダに出て浅葱色の空を仰ぐ。
 亮ちゃんがいたって確証は何もない。・・・でもわたしは信じる。
 帰っているなら、どうしてちゃんと姿を見せてくれないの。
 なにか理由があって帰ってこられないの・・・?

 応えは返らない。
 ただ。

 わたしはここに居ればいいんだ。これは確信。
 待ってることが伝わったならそれで。

 亮ちゃん。次はもっとちゃんとわたしに触れて。眠ってる間でも構わない、優しくて臆病な指先でもっとわたしを確かめに。
 まだ終わりじゃなくて、何かの始まりなんだとしても。わたしは変わらないって何度でも確かめに。

 ウルトラの星になったお母さんが呆れるぐらい、何万回でも祈って。縋れるものには何でもすがる。たとえ相手が悪魔でも・・・・・・真下社長でも。
 
 わたしに出来ることなら何でもする。一日でも早く逢いたい、亮ちゃん・・・・・・。

 遠く見晴るかすようにわたしは目を細め。
 風になびいて揺れる伸びた髪を。そっと掬って、耳にかけた。

 
 


【完】

 


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