恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「それこそ徐妃さまは何も知らないんじゃない。だとしたら、やっぱり徐妃さまは悪くないわ。徳妃さまが強引に話を進めるからいけないのよ」
それ以降も侍女どうしの議論は続いていたが、鳴鈴にはもう聞こえていなかった。
ただ目の前が暗くなるような感覚が、鳴鈴の動きを妨げていた。
(殿下が愛していたひと……)
幾度となく考えたことだった。飛龍には、他に好きな女性がいるのではないかと。だから、自分とは本当の夫婦になってくれないのだと。
でも、心の奥では、そうでなければいいと思っていた。お互いをもっと知りあっていけば、そのうち本当の夫婦になれると、希望を持っていた。
足首を引っ張られたように、鳴鈴はその場にしゃがみこんだ。
(もう嫌。いつまで待てばいいの。ううん、いつまで待っても、殿下が私を愛してくれる保証はないんだわ)
飛龍が愛した人の存在が、鳴鈴がぎりぎりで保ってきた希望と自尊心を打ち砕く。
「お妃さま?」
緑礼の声がした。顔を上げた鳴鈴の目には、涙が光っていた。厨房の話し声がぴたりとやむ。
「どうしたのですか。ご気分でも悪いのですか?」
手を差し出す緑礼だったが、箱を持っている鳴鈴はそれをとることができなかった。鳴鈴は仕方なく、のろのろと自分で立ち上がる。
「なんでもない。これ、中に置いておいて。誰も食べないように言っておいてちょうだい。お願いね」
緑礼に麻香の箱を押し付け、鳴鈴は逃げるように走り去った。