恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
漆・過去を乗り越えて
「失礼いたします」
いきなり王の臥所を訪ねた妃を、見張りの兵士たちは笑顔で通してしまった。
中でひとり牀榻に臥せっていた飛龍は思わず上体を起こす。
予告もなく現れた妃は、薄物の上に上襦一枚を羽織っただけの姿をしている。髪には鬱陶しい横髪を後ろにまとめるための簪一本だけがついていた。
「お前、その姿で廊下を歩いてきたのか?」
思わず飛龍は顔をしかめる。
「はしたない姿でごめんなさい。でも、どうしても殿下にお会いしたくて」
鳴鈴は牀榻の前に跪く。飛龍がその襟から目を逸らした。顔を見つめられ、鳴鈴はにこりと微笑む。
「何をしに来た」
「夜這いです」
「はあ!?」
小さな唇から零れたとんでもない単語に、飛龍は目をむく。と、鳴鈴がころころと笑った。
「というのは冗談です。だって、殿下はお怪我をなさっているもの」
怪我をしていなければ、夜這いされていたのだろうか……と考えてしまったことを、飛龍は顔にも口にも出さずに心の奥底に隠した。
鳴鈴は彼の動揺を知らず、久しぶりに見る寝姿に見惚れていた。長い髪を解き、鳴鈴と同じように薄物だけでいる彼は、妙になまめかしい。