恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜

それを見て、貴族令嬢たちも立ち上がった。皇子たちの視界に入って、なるべく目立たなければならないからだろう。

「さあ、行くわよ鳴鈴」

宇春もやる気満々で立ち上がった。

「ご、ごめんなさい宇春。私行かなくちゃ」

「どこへ?」

「翠蝶徳妃さまに呼ばれちゃった。遠い親戚なの。挨拶しなくちゃ」

すまなそうに言う鳴鈴に、宇春はがっかりしたように眉を下げた。

「そう。じゃあ仕方ないわね。またね、鳴鈴」

宇春に別れを告げ、緑礼に導かれるまま、広い庭の中を歩いていく。自分一人では迷子になりそうだ。

たどり着いたのは、大きな池の端。整備は行き届いているが、菊の花がほとんど咲いていないので、人気もない。

堂々とした佇まいの太い松の木の下に、翠蝶徳妃の姿を認め、鳴鈴は駆け出した。その奥に、長身の男の姿が見える。きっとあれが星稜王だろう。

このまま逃げてしまいたい。けれど、翠蝶徳妃に無礼を働いたら徐家の危機だ。皇族を待たせるなど、もってのほか。

「お待たせして申し訳ありませ──」

池のほとりを迂回するより、ちょうどかかっている太鼓橋を渡った方が早い。橋の真ん中まで来たとき、思い切り裙の裾を踏んでしまった。

「お嬢さま!」

そのまま前につんのめった鳴鈴は、ぎゅっと目を瞑った。

次に感じたのは、木の硬さでも水の冷たさでもなかった。きめ細やかな布の、滑らかな肌触り。

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