恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「湯浴みをしたのか。化粧をしていないお前は、まるで少女のようだ」
つるりとした頬をなでられ、鳴鈴は急に恥ずかしくなった。
「……鳴鈴。閨に行こうか」
戸を一枚隔てた隣の部屋は、夫婦の寝室として貸し出されている。毎晩侍女たちが用意をしてくれるのだが、ふたりは添い寝しかしたことがなかった。
しかし今夜は違う。鳴鈴はそう直感した。つまり飛龍は、今夜こそ本当の夫婦になろうと言ってくれているのだ。
彼の熱のこもった視線から目を逸らし、彼女は首を横に振った。
「嫌か。辛いものだな、愛する伴侶に同衾を拒否されるというのは」
わざとがっかりした口調で言う飛龍。しかしその口の端は苦笑の形に上がっていた。
「殿下が今までしてきたことの仕返しです」
「そう言うな。今はお前に首ったけだというのに」
「白々しい!」
飛龍の肩を叩き、鳴鈴は彼を睨んだ。しかし飛龍は穏やかに微笑んだままだ。
「嫌です。今そんなことをしたら」
「したら?」
「まるで、最後のお別れみたいだから……」
これが最後だから、お互いを忘れないように抱き合おうというのか。
鳴鈴にはそう感じられてならなかった。飛龍も、ある程度の覚悟はしているのではなかろうかと。