恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
部隊の背後から、皇帝の大音声が響き渡った。
鼓笛隊が太鼓を叩き、その音に合わせて飛龍たちが動きだす。
「お妃さま、下がって」
駆け出してしまいそうな鳴鈴を、緑礼が止める。あわや、馬に踏みつぶされるところだった。
「どうか、どうかご無事で──!」
飛龍の愛馬は颯爽と門をくぐっていき、すぐに後に続いた他の馬たちに紛れて見えなくなってしまう。
彼らが外に出ると、まだ姿が見えるというのに、無情に門は閉ざされてしまった。
見送りに出ていた侍女や宦官たちが城内に帰っていく。心配そうに見つめる宇春や緑礼に申し訳ないと思いながらも、鳴鈴はなかなか動けずにいた。
「みっともないこと。あれが名高き星稜王の正妃とはね。毅然と見送るべき出陣を涙で汚すとは」
意地悪な声を投げてきたのは、楊太子妃だ。鳴鈴は階段の方を振り返ったが、言い返さなかった。
(どう思われたって構わない。飛龍さまが、近くに来いと言ってくれたんだもの)
鳴鈴は楊太子妃をじっとにらみつけた。
他人に意地悪をする者は、どこか満たされない心を持った者たちだ。本当に幸せな者は、他人をいたぶることに快感を覚えたりしない。
傍から見て幸せそうでも、それを感じる才能のない人は、可哀想だ。
鳴鈴は哀れみを込めて、太子妃をひたすら見つめた。太子妃は気味悪そうな顔をして目線を外すと、団扇で顔を扇ぎながら、皇帝や皇后について城内に消えてしまった。