恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「しかし、このなさりようはあまりにも……」
悔しそうに自分の膝を叩く緑礼。そのとき、戸の向こうから声がかかった。
「鳴鈴、入るぞ」
飛龍の声だ。
(で、殿下!?)
鳴鈴は慌てた。髪も結っていないし、化粧は褥に入る前に落としてしまった。
どうしてこんなときに限って。来てくれるのを期待して寝化粧をしているときには全く寄り付かなかったくせに。
何も直す暇もなく、戸が開かれ、飛龍が現れた。
牀榻に近づき、緑礼の方を一瞥する。
「……風邪と聞いたが」
「ええ、そうなんです。正月にひたすら皇城の庭をうろうろしていたせいか、毎晩冷たい褥にひとりきりで寝かされていたせいかわかりませんけど」
「りょ、緑礼」
明らかに鳴鈴をないがしろにしている飛龍への批判を込めた言葉。飛龍を怒らせはしないかと、ヒヤヒヤする。
しかし飛龍は、それには反応しなかった。一歩近づき、背をかがめて鳴鈴の顔を覗き込む。かと思えば、やけに顔を近づけてくる。
(もしや、口づけを? こんなところで? 緑礼も見ているのに……)
と思いながら期待してまぶたを閉じた鳴鈴。しかし唇にはなんの刺激もない。その代わり、額に硬いものが当たった。