恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「目の前の山を越えると、古斑(コハン)の領地だ」
呟くような飛龍の言葉に耳を澄ませる。古斑とは、星稜より北に住む、遊牧民族の領地だ。
崔はたびたび、徐々に領地を広げようとする古斑からの攻撃を受け、それを退けてきた。
「あいつらが動きだすのは主に春だが、こうして一応不穏な気配がないか、たまに見に来るというわけだ」
飛龍が指さした方を見ると、雪桜の中からぴょこんと飛び出たような眺望台が見えた。反った屋根にも雪化粧が施されている。
あの上で見る景色はそれは素晴らしいだろうと鳴鈴は思ったが、遊ぶための台ではない。上ってみたいと言うのは控えておいた。
「きゃあーっ」
突如背後で明るい声が響いたのでびっくりして振り向く。雪原の丘を、そりで子供たちが滑り降りていった。
「何故こんなところに子供が?」
しかも、王である飛龍や兵士たちを恐れる様子もない。ごく自然にそり遊びに興じている。
「あの台で見張りをする兵士たちが暮らせる村がすぐ近くにあるんだ。王府まで帰ってくるのは時間がかかりすぎるから」
兵士たちはその村に住み、交代で見張りをしているのだという。緊急事態が起きたら馬で王府まで飛ばすというわけだ。