恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
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──笛の音が聞こえる。
(鳴鈴?)
飛龍は思わず後ろを振り返り、苦笑する。こんなところに鳴鈴がいるわけはない。山の間を吹く風の音が、鳴鈴の吹いた笛の音を彷彿とさせるのだ。
実際の彼女は王府で留守番中。見えるのは無骨な男たちばかり。
「殿下、そろそろ見えてくるはずです」
側近が厳かに囁いた。飛龍は馬を止め、じっと目の前に広がる靄の向こうを見つめる。
国境にある門の手前で、飛龍たちは待機していた。ここを一歩でも敵より先に出れば、こちらが侵略者とみなされてしまう。
冬の荒れた地の果てから、ぼんやりと影が見えてきた。
「きましたな」
将軍の声が微妙に上ずる。
靄の中から現れたのは、丸っこい兜を着け、ひざ下まである長い鎧と長靴を履いた者たち。古斑の旗が翻る。
ほとんどの者が馬に乗っているようだが、後ろには歩兵もいるとの情報を得ている。
先頭にいるのは、若い男だ。自分と同じ位だろうか、と飛龍は推測する。
金色の兜をかぶったその大将らしき男と、飛龍はしばしにらみ合う。とくに名乗りあうこともなく、古斑の大将はにっと笑い、異国の言葉で号令をかけた。
敵軍の馬が一斉にこちらへ向かってくる。地面が唸り声を上げて震える。その中で怯むことなく、飛龍は叫んだ。