朧咲夜1-偽モノ婚約者は先生-【完】


行き場を失くした俺の手は、刹那、空で留まってから引いた。


「うん……。ただ、……」


「ただ?」


「……母さんが現れなかったら、たぶん父さんと結婚してた人」


「―――………」
 

それは、また……重い過去が出て来たもんだ。


「そんな、夜々さんはずっと優しい人なんだけど……私が一方的に、負い目があって……さっきはかなり緊張してたみたい。支えてくれてありがと」
 

言って、咲桜は頭を抱えて天井を振り仰いだ。


「あーもうだから私は私が嫌いなんだよ。夜々さんの幸せまで奪って。父さんも再婚だってなんだってしていいのに、未だに母さんに未練の残してるのか知んないけど、いい加減自分のために生きていいのに……」


「………」
 

俺の位置からは、咲桜の顔は手に覆われている。


ちょうど指先が目にかかっていたけど、そこからこぼれるものが確かに見えた。


――先ほどは歯止めがかかった衝動が、今度は背中を押す。
 

咲桜の頭を抱えるように抱き寄せ、自分の胸辺りに顔を押し付けた。

< 270 / 302 >

この作品をシェア

pagetop