朧咲夜1-偽モノ婚約者は先生-【完】


「なんで愛子が来んだよ」
 

俺は苦い顔を隠せない。


「少し話をつけないといけないからな」
 

在義からにじみ出るどす黒いものに、ため息をつきつつ「そうか」とだけ答えた。
 

在義は、元来二面性が強い。


昔は本人も無意識だったようだが、今ははっきり使い分けていやがる。
 

公人としての『華取本部長』と、私人としての『在義』。
 

在義は現在、娘のことで頭がいっぱいだ。


娘と言っても血の繋がりはない娘。妻・桃子の忘れ形見。
 

――桃子はそれこそ、行き倒れている、という表現がぴったり合うように倒れていたらしい。


それを見つけたのが、非番だった在義。


すぐに病院に運んだものの、彼女は記憶喪失だった。


ペンの使い方、都道府県の名といった、日常生活における点に問題はなかったのだが、自分の名も、家も、何も忘れてしまっていた。


そして、妊娠していることがわかった。

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