高桐先生はビターが嫌い。
あたしがそう言うと、高桐先生が嬉しそうにそう言って笑顔を浮かべる。
そして、「いいよ、教えてあげるよ」と快く言ってくれるから、その言葉にあたしと市川は思わずお互いの顔を見合わせた。
良かったね、と。
「…あ、じゃあどうしよっか。場所移動する?教室空いてるかな」
「あたし達の教室なら、空いてると思います」
「ん、じゃあそこ行こっか。…あ、と…ちょっと待って」
高桐先生はそう言って自身のデスクに行くと、数学の教科書を取り出してあたし達と一緒に職員室を出る。
他の生徒達が皆帰ったり部活に向かったりしているなか、あたし達は真逆の方向を歩いていて。
途中で、「先生さようなら」と元気よく挨拶をする生徒に、高桐先生も笑顔で「さようなら」と挨拶を返す。
気をつけて帰ってね、と。
そんな高桐先生の後ろ姿を見ていて、何だかふいに先生の背中が広く感じたあたしは、少し恥ずかしくなって目を逸らした。
そして、ふと思い出す。
昨日、高桐先生から言われた言葉を。
“…俺、日向さんのこと心配してるの、“教師として”…だけじゃないから”
“何かこう…一人の男として、何とかしてあげたいって思うん、だ”
……あの時は、今日から夕飯を高桐先生と一緒に食べられるとか、抱きしめられそうになったこととかで、それが結構心に残っていたけど。
よくよく考えてみれば、昨日の高桐先生の言葉の、“一人の男として”っていうのは、どういう意味…なんだろ。
教師として、だけじゃないなら…つまりそれって……。
「着いたよ」
「!」