高桐先生はビターが嫌い。

笑顔を作れない。

高桐先生を玄関で見送りながら、ふと思う。

笑うのってこんなに難しかったっけ。

それでも、いつも通りを装って、高桐先生を見送ろうとしたら…

ふいに、何を思ったのか高桐先生が言った。



「…あ、帰る前に1コだけ」

「?」

「いきなりで悪いんだけど。少しの間、目、瞑ってて」

「…?」



…目、瞑ればいいの?

いきなりのことに不思議に思いながらも、あたしはとりあえず言われた通りに静かに目を瞑る。

何をするんだろう。

そう思って、少し不安でいたら…。



「…絶対、目開けちゃダメだよ」



そんな高桐先生の言葉と共に、次の瞬間に感じたのは…体を引き寄せられて、両腕に包まれたような温かさ。

背中に回る高桐先生の腕。

…え、あたし…高桐先生に、抱きしめられてない…?

だけど、そう思った瞬間に、すぐにその温もりは消えた。

…あ。



「っ…じゃあ。また明日」

「…?」



目、開けていいのかな。

そう思って、恐る恐る開けたその瞬間、高桐先生の姿はもうほとんど消えていて、玄関のドアがバタン、と閉まった。

…今の、何…?

今のは、今の行動は…どういう意味…?


高桐先生のよくわからない行動をあたしは知りたくて、でも知っちゃいけないような変な感覚に襲われた。

でも…いや、もう本当は、心のどこかでわかっていて、わざとわからないフリをしていたのかもしれない。

ううん。わからないなんて嘘だ。本当は聞きたかった。

もうとっくに知ってた。



“……あたしね、高桐…先生のことが、好きなの”

“好きに、なっちゃったの。惚れたの”



この先に待っていたのは、あの頃と“同じ試練”だった。
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