高桐先生はビターが嫌い。

…………



「座って」

「…ハイ」



あれから後藤先生に連れて来られた場所は、教室の近くにある空き教室だった。

賑やかな廊下を後藤先生がドアで閉めきって、あたしにそう言ったあとに自身も向かい側の椅子に腰掛ける。

…そして、途端に静かになる室内。

緊張する必要はないのにあたしが緊張していると、後藤先生が口を開いて言った。




「…あんまり長くは話せないけど、奈央ちゃんが困ってるならしっかり相談に乗ってあげるよ」

「…すいません。忙しいのに」

「それはいいって。目の前の生徒が困ってるんだからね。で、さっきの噂のことなんでしょ?俺は何から助ければいい?」

「…、」




後藤先生はそう言うと、あたしを真っ直ぐに見つめて優しい顔をする。

…自分でひき止めて「助けて」とは言ったものの、あたしは後藤先生にどこまで話せばいいのか。

少し迷ったあと、ゆっくり口を開いた。



「……えと、実は、あたしの友達が…」

「…」

「高桐先生のことが、好き…らしいんです」

「…へぇ。あー…てことは、噂がその友達にまで流れちゃったら困るわけだ?奈央ちゃんは」

「っ、そう!そうなんです!」



あたしがそう話し出したあと、やっぱり話が早い後藤先生はすぐにそう言って納得してくれる。

…市川の想いも内緒にする約束だから名前は伏せたけど、後藤先生は言わなくてもわかっちゃいそうだから怖い。

そんな事をあたしが内心思っていると、後藤先生が言った。



「………じゃあ、奈央ちゃんは」

「…?」

「陽太のこと、本当はそういう目で見てるとかじゃ…ないんだ?」



後藤先生はあたしにそう問いかけると、半ば真剣な顔をする。

後藤先生の言う「そういう目で」とは、きっと「恋愛対象」とかそういう類のことだろう。

……本当は、あたしも大好きなんだけれど。

それは、咄嗟に隠した。

今は、本当に、誰にも言っちゃいけない気がする。
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