高桐先生はビターが嫌い。

急いで、仲間が待つ教室へ戻ろうと、職員室を後にする。

廊下に出ると、窓の外から聞こえてくるのはグランドの野球部の部活中の音。

…早く行かなきゃ。

やけに天気の良い空に、そう思って教室へと先を急ごうとすると…



「!」



…その時。

上ろうとした階段の上に。

今から帰るらしい、市川の姿があって。



「…あ、市川…」

「あれ。後藤先生の呼び出しもう終わったの?」



早いね。

その姿に、思わずさっき後藤先生から言われた言葉が脳裏を過る。



“…まぁ、市川さんも、散々他の先生に怒られて、注意された上でああやっておさまってるわけだから”

“それをわかってあげないと。わけを聞いてあげるのも友達だよ”



……その言葉を思い出して、思わず黙るあたしに市川が「どうした?」と首を傾げる。

…今までは、あたしは市川のことを誰よりも知っているようで、実は知らなかったのかな。

でも、実はわかってあげられていたのは…あたしが知らなかっただけで、日向…だったのかな。

市川には、これ以上日向と仲良くしてほしくなくて、嫉妬から…いろいろ作戦を考えていたけれど。

あたしは少しの間考え込むと、やがて口を開いて言った。



「…ごめん。日本史の時にかいたあのメモ…やっぱ無しで」

「ああ。やっぱり?アイは自分からそんなことしないもんね」

「!」



市川は、そう言うと。

まぁ予想通り嘘だったみたいでよかったよ、とあたしがいるところまで階段を下りてくる。



「…だって、例えばさ」

「?」

「あたしが日向の制服をハサミで切った時、真っ先に不安になってそれを止めようとしたのはアイだったよね」

「!」

「で、実際に切ったあとも…日向に見せたくなくてそれを自分の鞄の中に仕舞ったのも、アンタだったし」



あたしはアイが本当は良い奴だってこと、知ってるから。

市川はそう言うと、あたしの隣に肩を並べて微笑み見遣る。
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