高桐先生はビターが嫌い。
不意にまた、名前を呼ばれて…俺は声がした方を振り向く。
その声に俺は、なに、と呟く。すると…そのうちに唯香が言った。
「冷凍庫に、作り置きいっぱいあるから」
「…、」
「篠樹くんとわけて、お腹空いた時にでもそれ食べてよ」
陽ちゃんの好きなグラタンもあるよ。
そう言って、大きく手を振るから。
ありがと、と…俺も唯香に手を振り返す。
きっと、休みの日に食べる用だ。
そう思いながら、そろそろ部屋に入ろうとしたら…その時にまた、唯香が口を開いて言った。
「…あ、それと…」
「?」
まだ何か用?
そう思って、唯香の方を振り向くと…
「えっと…何だっけ…えっとぉ…」
「…?」
「えー……あっ、“奈央ちゃん”!」
「!」
「その子にも、また今度会わせてね!」
そう言って、無邪気に手を振ったあと。
頷く俺を見て、今度こそいなくなったマンションの最上階。
……でも、何かその時…違和感を覚えて。
「……?」
よくわからないけど、さっきの唯香に…
唯香の、あの笑顔に…
「…!」
だけど、その時。
俺はようやくその“違和感”に気が付くと…
玄関のドアにかけていた手を離して…思わず通路を駆け抜けて…
誰も知らない夜、
唯香の背中を、追いかけた。