高桐先生はビターが嫌い。
「あーあ、行っちゃったな」
「……」
マンションの最上階。
そこから下の駐車場を眺める篠樹が、車を見ながらそう言った。
…立派な黒い車。
でも奈央のお父さんの車…ではないか。多分。
そう思いながら、寂しさいっぱいで見送る…けど。
そんな俺を見て、隣で篠樹が言う。
「…っつかさ、ビックリしたんだけど」
「え、」
「お前、奈央ちゃんに会って成長したな。あそこでお前が自分からキスとか…天地がひっくり返ったのかと思ったわ」
笑いながらそう言って、見送ったそのあと、ふいにスマホを取り出して…誰かに連絡をし始める篠樹。
…こんな早朝に、誰に連絡してんだか。
そう思ったあと、俺は「本当に行ってしまった…」と、未だに下の駐車場を眺める。
……もう一回、キスしたかったな。
そう思っていると…
「まぁ…また会えるんじゃね?何かマジで、そんな気がするし」
「ん…」
「っつかね、三回も出会ってるとか、相当だよ?」
そう言って、ポンポン、と俺の肩を軽く叩いて。
俺を励ましてくれる篠樹。
この日から、何年か後に。
また会えることを夢見て、俺は篠樹の言葉に「それもそうだな」とやっと笑った。
初めて、俺がまともに恋をした、大切な君へ。
この離れ離れの時間は、無駄にはならないと思う。
今度出会ったら、出会うことができたら、
それまで離れていたぶんを、ぜんぶ埋めてあげるから。
「…さ、二度寝すっか!」
「いや寝るんかい」
俺はそう言う篠樹とともに部屋に戻ると、玄関のドアを閉めた。
…じゃあ、奈央。
またね。
【完】