高桐先生はビターが嫌い。

あたしはそう言うと…ため息交じりにドアを開けて、靴を脱ぐ。

ああ、この部屋も本当に懐かしいな。

この玄関で高桐先生に、色んなこと、言ってもらったり…したな。



『…あ、そだ。帰る前に』

『…これからも、何かあったら…また遠慮なく頼ってきていいから』

『辛かったら先生を…俺を、頼ってよ』



…あの時は、高桐先生にすごく救われたな。

市川とも、高桐先生のおかげで仲良くなれたんだっけ。

あたしがそう思っていたら…



「っ、じゃあ行くしかないよ日向!」

「…え?」

「高桐先生のところだよ!あたし知ってるよ、高桐先生も日向のこと想ってたの!」

「!」

「さっきも言ったけど、高桐先生は日向がシンガポールに行ったあと、本当に落ち込んでたんだって!
日向が心配しないように、さっきはそんな先生のこと可愛いとか言ったけど、本当はこっちが心配になるくらいだったし!」

「!!」

「会いに行こうよ。っていうかもう、あたしが会わせてあげたい!」



市川はそう言うと、「荷物置いたらすぐ行こう」とまっすぐにあたしにそう言ってくれる。

…市川。

あたしがそんな市川の言葉に思わず泣きそうになっていると、「泣くのはまだ早い」と言われてしまった。

いやそれもそうだな。

あたしはその言葉通り荷物を部屋の隅に置くと、貴重品だけを持って再びマンションを後にした…。

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