高桐先生はビターが嫌い。
後藤先生はそう言うと、あたしの前の席に座って、あたしがやっている英語の問題集を覗き込む。
え、ほんとに勉強してんじゃん!なんて言うから、何だか少しだけ、恥ずかしくなった。
ってか、何気にスルーしそうになったけど、「ヒマなんだよねー」って、先生が言う言葉じゃない気がするんだけど。
でも、後藤先生はあたしが全然問題集が進んでいないのを見て、言った。
「…なんか進んでなくね?」
「い、今始めたばっかなんですよ!」
「ほー。…あ、ここ入んの“that”だよ」
「えっ」
そう言って、後藤先生が、あたしがさっきから悩んでいた問題の答えを教えてくれる。
ただ答えを言ってくれるだけじゃなくて、ちゃんと解説付きで教えてくれるから、すごくわかりやすくて。
しかも一問だけじゃなくて、その後も何問か付き合ってくれるから、わりとスラスラとペンが進んでいく。
「ほら、もうあと一問で終わりじゃん!」
「っ、ほんとだ!ありがとうございます!」
「や、マジでヒマだったからな」
後藤先生はそう言うけど、でも教え方だけじゃなくて、そもそも話しやすいわ優しいわで後藤先生って凄く良い先生だと思う。
…まぁ、たまに言うことが教師らしくないんだけど。
そしてその後も、ラストの一問を後藤先生に教わりながら解いていると…
「…!」
その時。
ふいに隣の空き教室のドアが、ガラ、と開いた。
その音に顔を上げて反応すると、教室には…市川が入って…来て。
続いて高桐先生もその教室に顔を覗かせると、あたしと後藤先生の存在に気が付いて、言った。
「っ…あれ!?何してんの、君ら!」
「おー。陽太お疲れー」
「お疲れ。ってかほんとに何してんの?え、勉強?」
「そう。奈央ちゃん英語苦手みたいでさー」
だから、俺が手伝ってんの。
後藤先生はそう言うと、あたしにチラリと目を遣って…「なるほどな」という顔をする。
でも、違いますよ!別に、高桐先生を待ってたとか、そんなんじゃなくて…!
…なんて、出来れば否定したいけど、本当の事だからしかたない。
あたしは鋭い後藤先生から目を逸らすと、問題集に顔をうつ向かせた。