高桐先生はビターが嫌い。

あたしはそんな市川の言葉を聞くと、思わず、一瞬だけ言葉を失ってしまう。

…過去の話。高校に、入学したばかりの頃の。

それは、あたしが市川に嫌がらせをうけるきっかけになった出来事。

…あれを、話したの…?

あたしがそう思っていると、市川が言った。



『…あたしらってさ、入学した時はもう既に、お互い…真逆のタイプだったじゃん。だから、はっきり言って、すぐに仲良くなれるようなタイプ…でもなかったっていうか』

「う、うん…」

『で、その時。あたし、社会人の人で付き合ってる人がいて。だけどある時にその人に、浮気…されて』

「…、」

『浮気の相手が、あんただったじゃん。日向』

「…そう、だね」



市川はそう言いながら、その時のことを思い出すように、ゆっくりとそうやってあたしに話す。

それは…あたしが、なるべくなら逃げていたかった過去の話。

市川の彼氏と当時よくデートしたりして遊んでいたあたしは、その時あたしが浮気相手であることは知っていたけど、本命のその子が市川だなんて知らなくて。

でも、それをお互いに知った時。ビックリして気のきいた言葉が一つもでてこなかった。

何かを口にしたら、全部が言い訳になってしまいそうで。

しかもその時、あたしが“アイリ”で“20歳”という嘘を吐いて他の人とも遊んでいることを市川に知られて、でも逆に、あたしも市川のことを知った。

市川も、実は…あたしと同じ。家族がいなくて、孤独で、周りに嘘を吐いていたことを。

だからあたしは、市川の彼氏とは、もう二度と会わないと誓った。

…誓った、のに…



“ごめんね。それでも俺は…”

“俺は、アイリちゃんが…”



市川の彼氏は、市川じゃなくて。

あたしのことを、選んだ。
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