一途な御曹司に愛されすぎてます
 階上さんだってきっと納得してくれているはずだ。

 私のプライベートな連絡先は教えていないけれど、自宅の住所や電話番号は、ホテルにチェックインした時点で彼に知られている。

 それでもなんの音沙汰もないということはつまり、そういうことだ。


 あとは、日にち薬。生々しい思い出が懐かしい思い出に変わるまで、じっと待っていればいい。

 どれくらいの時間が必要なのかわからないけれど、こうして仕事に励みながら淡々と日々を過ごせば、いつかきっと……。


「矢島さん! 矢島淳美さん、いる!?」


 いきなり更衣室のドアが開く音とほぼ同時に、目隠し用のカーテンが乱暴に開けられて、ベテラン受付係の滝沢女史が血相変えて中に飛び込んできた。


「はい! います!」

 驚いてピシッと背筋を伸ばした私の元に、普段は冷静沈着な滝沢さんが顔を引き攣らせながら駆け寄って来る。


「矢島さん、大変! 大変よ! 今すぐ正面玄関に行って!」

「はい? 正面玄関?」

「とにかく急いで! 本当に大変なんだから!」
< 164 / 238 >

この作品をシェア

pagetop