一途な御曹司に愛されすぎてます
「それでは行きましょう」

 絶対に逃がさないと言わんばかりに、背中に回された彼の手に力がこもる。

 いや、行きましょうと軽く言われても困るんです! 私はもう二度とあなたと会わないつもりだったんですから!


 なにかうまい逃げ道はないか懸命に考えを巡らせているのを読まれたのか、彼が私の耳元に口を寄せてそっと囁いた。


「これでもそちらの立場を考慮したんですよ? あなたのご自宅の住所は掴んでいるのだから、薔薇の花束を抱えて押し掛けてもよかったんですがね」


 その状況を想像して眩暈がした。

 築三十年の古ぼけた小さな自宅前に、こんな最高級車と超絶イケメンがいきなり花束抱えて押し掛けたりしたら、両親が心臓発作を起こしかねない。

 そもそもリムジンなんか通れないって。昔ながらの住宅地で道がすごく狭いんだから。


 これは罠だ。わざわざ会社に押し掛けたのも、こんな派手な登場の仕方も、私の逃げ道を封印するための彼の策だ。


「それでは皆様、お騒がせして大変申し訳ございませんでした。失礼いたします」


 固唾を飲んで成り行きを見守っている社員たちに向かって、階上さんが深々と一礼した。

 その背中越しに美千留に向かって『助けて!』と口パクで窮状を訴えるものの、なすすべもなくリムジンの後部座席に押し込まれる。

 すぐに彼がガードするように私の隣に乗り込み、扉が閉められた後で、滑るようにゆっくりと車が動き出した。


 窓越しに遠ざかる会社の正面玄関と、車を見送る社員たちの表現不能な表情が見える。

 完全にマウントを取られた私は、これ以上ないほどドラマチックな退場をするより他になかった。

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