一途な御曹司に愛されすぎてます
「お願いです。帰してください」

「駄目だ」


 取りつく島もない答えが返ってきて、私は小さな声でもう一度同じ言葉を繰り返す。


「お願いです。階上さん」

「名前で呼べと言ったろう?」


 間接照明によって朧に浮かぶ彼の顔は、闇の中でさえ美しい。

 影の濃淡が彫りの深い端整な顔立ちを一層引き立たせて、この危険な状況を忘れそうになるほど魅惑的だ。

 それに私は、この動悸が焦りによるものだけではないことを自覚しているから、さらに分が悪い。


「何度も言ったはずだ。俺のことは名字じゃなく名前で呼べと」

「でも……」

「今度また名字で呼んだりしたらお仕置きだ。それが嫌なら今すぐ名前で呼べ」


 私を真上から見下ろす彼の瞳が妖しく微笑む。

“お仕置き”という言葉が孕む危険な香りに、胸がキュッと熱くなった。

 思わず頬を赤らめた私は、それを悟られまいと弱々しく彼を睨む。


 この人はわかって言っているのだろうか。名字ではなく、下の名前で異性を呼ぶということの意味深さを。

 それはお互い、ある種の特別な関係性を認めるということだ。

 だから私はこんなに戸惑っているのに……。
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