蟲と世界
 駅に着いた。そこはまだ朝というわけで人がぱらぱらいるだけで静けさがあった。
「おはよう、愛守香」
 後ろから声をかけてきたのは編と同じ幼馴染の『太刀野 紡 (たちの つむぐ) 』だった。紡も私と同じ小学校出身であり。私の数少ないおとこ友達である。背が高く、顔が怖いため、金髪にでも染めたらもう不良に見えると私は思う。
得意教科は国語で、どんだけ難しいテストが出てきても話しているときなんだけど。時々とんでもないほど難しい単語をぱっと言ってくる時があるし、わけのわからない例えを言ってくることがある。
「あっおはよう紡」
 編のことを聞かれたので、私は正直に答える。朝あったことをすべて。
「まじかよ、あいつが寝坊なんて、今日はインデペン○ンスディかもしれないぜ」
「それ本当におこったら洒落にならないよ」
私は彼のつまんない冗談に突っ込みを入れた。
「おいっ。もうちょっとビシッと突っ込んでくれよ」
「知らないし。それよりも私はねむ……」
大あくびが出た。
「くっそー。編がいてくれればってうおっ! 」
紡は誰かとぶつかった。見たところ女性。
「っ! すみません」
白色に染まった紙が胸のあたりまであり、非常にまっすぐな体の芯に筋肉で非常に引き締まった体つき。彼女はぶつかったことを謝り私たちの後方へ去って行った。
「なぁ」
 紡は私に問いかけてきた。
「あの人って知り合いか? 」
突然の訳のわからない問いをかけてきた。
「どうしてそうなるの」
「知らないならそれでいいんだけど。あの人、俺たちのほうを見て驚いてなかったか? まるで少し気まずいことになったって感じだったぞ」
「そうなの? 私はそんな感じに見えなかったけど」
 私はあの人に見覚えがないんだけど、さっきのようなことを言われたらさっきの人が誰なのか考えてしまう。
 誰かに似ているような……
「わかった。あの人編に似てない!? 」
「そんなわけねーだろ」
 即答で返された。
 
学校では編が学校を休んだことが話題となっていた。
「編ちゃんが休むとか、びっくりした」
「珍しいってレベルじゃないね」
 編がいない学校の一日。クラスは違うけど、昼ごはんを食べるときは違った。高校に入って初めて一人でたべた。普通にさびしかったな。そういえば私は今日、この学校の光景を目に焼き付けようとしていた。なぜだろうか。網がいないだろうか。もしかしてこれが何かの最後なのかもしれない。私はそう思ってしまった。


 私はけがで休んだ編へお見舞いに行った。「お見舞いに行くよ」とことばを打っても既読すらつかない。だからと言って行かないわけにもいかないと思ったのだ。
 久々に編の家を見た。角川とかいている看板を確認して、私はインターホンを鳴らす。数秒待った後。ドアが開いた。
「はい。角川です。あぁ愛守香ちゃん」
彼女のお母さんが家に出てきた。
「網のお見舞いに来ました」
と言って私はお辞儀をする。
「勉強があるのにね。ありがとう。ちょっと私はこれから買い物に行ってくるから、編のこと、頼めるかな?」
「いえいえ。全然大丈夫です。長年の付き合いですから」
 そういって私は網の部屋に向かった。部屋を開けると、部屋の左奥にベッドがあり、その中で編は横になっていた。
「あぁ…愛守香」
私に気づき、発した声はやけに弱弱しい。いつもの網の声とは段違いに声の張りがなかった。
「熱は?」
私は体温計を見た。
「39・7℃」
相当な高熱だ。風邪くらいでここまでの高熱が出るのだろうか? 私はそんなことを疑問に思いつつ、大丈夫なのかと言葉をかけた。
「あっ。愛守香が持っている袋にゼリーある」
網の言葉に袋の中を見る。すると、ゼリーは確かにあるが、スプーンがないことに気が付いた。
「スプーン持ってくるね」
そういって私は部屋を出ようとした。すると編は私のスカートを掴んだ。
「わっ」
いきなり掴まれたわけだし、私は左向きに半回転して下向きに倒れてしまった。
「ごめん。その前に、着替えたくて。その……汗びっちょリだから……」
「いたた…。あっ、うん。わかった」
編の部屋にあるロッカーに私が立ち上がろうとしたその時だった。
「編。大丈夫か? ってうわっ!」
 紡の声とドアの音が同時に聞こえてきた。
「うあああああ!! すまん。すまん」
 自分の恥ずかしいところを見られてしまった。それがわかった瞬間。
ブチッ。私の中で何かが切れた。
怒りのままにドアを開けると罪悪感でいっぱいそうな紡が立っていた。
「ちょっと、どういう性癖してんの?」
「違うんだ。すまんすまんまじ堪忍勘弁」
 慌てているのだろうか意味わからん言葉でひたすらに謝ってくる。
 不可抗力と言うのだろうか。今のはまぁわざとじゃないし。こういうことは昔からあったわけだし、少し収まってきた。
「いいよって言ったら入ってきて。あと次やったら怒るよ」
 そう言って私はドアを閉めた。『既にブチ切れなんだけど』と聴こえた気がしたけど別にどうでもよかった。

 そこか
ら大体30分。私は時計を見て確認した。二人は今日の出来事を話し合ってる。
「でさー。いつもの弁当の時間になってもご飯食べれないわけだよ。お腹空いてどうしようもなかったよ」
 「それはわかる。購買で弁当買おうとしてもお金がないときにそんな感じになるな」
 それに対して私は、編の家にある漫画を見ながら一応話に参加していた。
「それじゃ、俺は塾があるから帰るよ」
「それじゃ私も帰ることにするよ」
 紡の言葉に便乗して帰ることにした。漫画を片付けて、荷物を持ってさよならを言おうとしたときだった。
「待って」
 編が私を引き止めようとした。
「どうして?」
「ちょっと、その・・・死なないで」
 いきなり心配された。てゆうか編がそんなことを言うなんて。
「どうしたの?」
私はその意図を聞くと、編はハッとした、ように見えた。
「ごめんごめん。そんなこと言っちゃってもまず私の心配をしろってことになるし。それじゃバイバイ」
「熱で頭やらかさんようにね。バイバイ」
 『やらかす』と言うのは私の口癖で、失敗した、怪我をした、など悪いことが起きたときによく使う。
 まぁそんな感じで私は紡と別れ帰路についた。
 
家まであと十分。空はもう薄暗くなっていて、太陽はとっくに地平線に沈んでいる。いつも道理来た道を通ってきた。
 すると、突然に足が止まってしまった。また動かそうとしても動かない。恐怖を感じた。何かドロっとしたようなものに包まれているようだ。怖い。恐い。こわい。コワイ━━━━
 いきなり足が動いた。逃げ始めたのだ。何も考えずにただ走っている。体力など考えていない。全力で走っている。
 何に恐れたのかが分かった。冷たく、残酷で、どろどろとしたもの。悪意、いや、殺気に似たもの。
 ふと私は、昨日のそれよりも嘘だ。この感じは夢と同じ。なんで夢に出てきたものが感じるの? なにか悪いことが起きる。そんなものではない。明らかに悪いことが起こる。そう確信させてくる。
だんだん近づいてくる。

ある分かれ道が見えてきた。そこをいつもとは違う方向にいってしまう。
 なにも考えず走る。
走って走って走って走った。苦しい苦しい。誰か助けて。私は心の中で叫ぶ。しかし周りには誰もいないし、心の中で叫んだって伝わるわけがない。
 私は走る。疲れそして私はやっと足を止めた。どう走ったか覚えてはいるがここはどこかわからない。さっき感じたそれは収まったようだ。
 ほぼ限界に達した私の疲れ。過呼吸ぎみになってしまう。
はぁっはぁっ。
 だいぶ収まってきた。
 何だっただろうか今のは
と、家へ帰ろうとしたその時だった。
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