白いオルフェ
「そう、この雰囲気は気に入った?」と美智雄が微笑みながら言った。
「うん、何か落ち着いていて、ジャズが流れているなんて、大人の一人っ子という感じね」
「確かに、ちょっと薄暗い中に煌めくような照明もいいね、京子さんジャズなんてお好み」
京子は右手の人差し指を立て、「詳しくは知らないけれど、この曲ってひょっとして『枯葉』かな」
「ほう、知ってるんだ」
「私でもわかる、有名でしょこれって」
「そう、スタンダードな曲だね、このピアノ、ビル・エバンスかな」
「美智雄さん詳しいわね」
「トランペットやサキソフォン・ボーカルでも聞けるけれど、ピアノもいいね」
店員はドリンクを持って来るとテーブルに置き、トレンチを脇に挟み店の奥に戻った。
「どう、会社の方は、仕事は順調?」美智雄がビールを一口飲んでから京子の顔を見た。
京子もワインを飲んでからグラスを置いて、「相変わらず、出張の前は書類の出し入れで忙しい事があるけれど、毎度のことですから」
美智雄は残りのビールを一気に飲み干しながら、「愛知の協会とは上手くやっているの、あそこの八神さんだっけ?結構気難しい人だという話をよく聞いていたけれど」
京子がビールを注いでくれながら、「富山さんはやり手だから、大丈夫みたいですね」
保証会社の仕事の話が一段落し、美智雄のクレジット会社の話も終わった頃、暫く真空状態にいるような間が空いた。京子の表情がこわばり、
「私、実はバツイチなんです」
ジャズの音が突然小さくなったように感じられた。
 京子は、美智雄が入社する以前から保証会社に入社していた。その前はT大を卒業後、婦人警官をやっていたらしい。京子の話では、警察官と結婚したのだが、その元夫は刑務官に転勤を命ぜられてから次第に家庭内暴力を振るう様になり、耐えられずに離婚したとの事だった。美智雄は京子がどうして突然自分にそんな事を言ったのかわからず、暫く黙って京子の顔を見つめていた。「暴力って、そんなに酷かったんだ」
大の男それも警察官が手加減しないで暴力を振るったとしたら、被害者は堪ったものでは無かっただろう、ましてや女性だし。
< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop