女探偵アマネの事件簿(上)
「…………あのさ」
「………」
「いやほんとさ。空砲と分かってても怖いからさ、止めてくんない?マジで」
アマネは普段、出掛けない時はいつも拳銃の弾を抜いている。
弾入りの状態で拳銃を向けられることはあっても、撃たれはしないが、空砲の時は容赦なく引き金を引く。
なので、非常に心臓に悪いのだ。自業自得だが。
あれからアマネが料理を作り、ウィルは大人しく彼女の用意したご飯で、めでたくあの世を拝めそうになった。
「………」
「ほんとごめんって!もう言わない―かどうかは自信がないけど、悪気ないから!てかさ、さっき何て言ったんだ?日本語だったよな?」
ウィルに発砲する前、アマネは日本語で呟いていた。だが、ウィルは日本語が分からない。
簡単な言葉ならアマネから教わってはいるが、あんまり長い言葉を理解するのは、まだできないのだ。
「……さぁ?何でしょう」
「あ、やっと返事してくれた」
取り敢えず返事が返ってきたなら、彼女の機嫌は直ったと言っていいだろう。
「怒るのって、疲れますからね。ふむ、これはちょっと酸味が強いですね。もう少し砂糖を追加しましょう」
「いやするなよ!てかもう五杯目だろ!没収です」
四杯目でさえ問題なのに、五杯目はもうほとんど危ないだろう。ウィルは慌ててコーヒーを取り上げた。
(こいつ、俺がここに来る前まで、何杯飲んでたんだ?)
倒れたことは無いらしいので、一応自分で加減はしてたとは思うが。
(でもな。俺が家事引き受けてからは、やたらコーヒー飲んでる気がするぞ?ストレスか?)
ウィルが顔をしかめて百面相している横で、アマネは窓の外を見た。
真っ青な空は、昔やった遊びを思い出させる。
「……ウィル」
「ん?コーヒーは駄目だぞ」
「取り敢えず『今は』諦めます。それよりも」
今はの所を若干強調してから、アマネはウィルを振り返った。
「影送りって知っていますか?」
「何だそれ?悪魔を呼び出す黒魔術か?何お前、誰か呪いたいやつでもいんの?」
影=邪悪なものという公式が、ウィルの中では出来上がっているらしい。
「違います。影送りと言うのは私が幼い頃やっていた、遊びの一つですよ。今日のように雲一つない青空にはうってつけですね」
十秒間自分の影を見つめ、その後瞬きと同時に空を見上げると、先程まで見ていた影の形が白く映る。
「それが、影送りです」
「へー。でも、何で急に影送りの話なんだ?」
首を傾げるウィルから、アマネは視線を反らした。
「ちょっと、昔を思い出しまして」
自分にとって、唯一の味方と言えた筈の弟と共に、何度もやった遊び。アマネにとって、あの時間が日本にいた自分にとっての幸せだった。
「ま、言いたくない話は無理に聞かねぇよ。あ、そうだ」
ウィルは思い出したように椅子から立ち上がると、一度部屋を出て、またすぐ戻ってきた。
「これ、やるよ」
「ウサギのぬいぐるみですね。しかも、手作りの。ウィルが作ったんですね」
売り物と言えるほど、そのぬいぐるみの布はあまり綺麗ではなかった。糸の縫い目も若干荒く、素人より少し上の人が作ったような物だ。
「ほら、日本ではウサギの置物とかあったりするんだろ?お前はあんまり日本の話をしないし、日本に繋がるものを持とうとしない。けど、自分の生まれた国を毛嫌いしてるようには見えねぇ」
そこで言葉を切ると、ウィルはちょっと困ったように頬を掻いた。
「その布の柄、日本の花が刺繍されてるし、一つくらいはお前の側にあってもいいんじゃないかと思ってさ。ほら、俺刺繍とか縫いもんとかの仕事もしてたし」
日本という国。それはアマネがもう戻ることのないと決めた国。
だが、ウィルの言うとおりだった。アマネは生まれた国が決して嫌いだった訳ではない。
「君は単純ですが、時々予想できないことをしますね。興味深いです」
「ねぇ、この流れで俺貶すの止めてくんねぇ?」
折角柄にもないことをしたのにと、ウィルが眉間に皺を寄せると、アマネはウサギのぬいぐるみを腕に抱えてドアへと向かう。
「ありがたく、飾らせていただきますよ『優秀な助手君』」
最後に日本語で喋ると、部屋を出ていった。
「……褒められた?それとも、貶された?え?どっちだ??」
頭を抱えるウィルに、答えをくれるものはいなかった。
「………」
「いやほんとさ。空砲と分かってても怖いからさ、止めてくんない?マジで」
アマネは普段、出掛けない時はいつも拳銃の弾を抜いている。
弾入りの状態で拳銃を向けられることはあっても、撃たれはしないが、空砲の時は容赦なく引き金を引く。
なので、非常に心臓に悪いのだ。自業自得だが。
あれからアマネが料理を作り、ウィルは大人しく彼女の用意したご飯で、めでたくあの世を拝めそうになった。
「………」
「ほんとごめんって!もう言わない―かどうかは自信がないけど、悪気ないから!てかさ、さっき何て言ったんだ?日本語だったよな?」
ウィルに発砲する前、アマネは日本語で呟いていた。だが、ウィルは日本語が分からない。
簡単な言葉ならアマネから教わってはいるが、あんまり長い言葉を理解するのは、まだできないのだ。
「……さぁ?何でしょう」
「あ、やっと返事してくれた」
取り敢えず返事が返ってきたなら、彼女の機嫌は直ったと言っていいだろう。
「怒るのって、疲れますからね。ふむ、これはちょっと酸味が強いですね。もう少し砂糖を追加しましょう」
「いやするなよ!てかもう五杯目だろ!没収です」
四杯目でさえ問題なのに、五杯目はもうほとんど危ないだろう。ウィルは慌ててコーヒーを取り上げた。
(こいつ、俺がここに来る前まで、何杯飲んでたんだ?)
倒れたことは無いらしいので、一応自分で加減はしてたとは思うが。
(でもな。俺が家事引き受けてからは、やたらコーヒー飲んでる気がするぞ?ストレスか?)
ウィルが顔をしかめて百面相している横で、アマネは窓の外を見た。
真っ青な空は、昔やった遊びを思い出させる。
「……ウィル」
「ん?コーヒーは駄目だぞ」
「取り敢えず『今は』諦めます。それよりも」
今はの所を若干強調してから、アマネはウィルを振り返った。
「影送りって知っていますか?」
「何だそれ?悪魔を呼び出す黒魔術か?何お前、誰か呪いたいやつでもいんの?」
影=邪悪なものという公式が、ウィルの中では出来上がっているらしい。
「違います。影送りと言うのは私が幼い頃やっていた、遊びの一つですよ。今日のように雲一つない青空にはうってつけですね」
十秒間自分の影を見つめ、その後瞬きと同時に空を見上げると、先程まで見ていた影の形が白く映る。
「それが、影送りです」
「へー。でも、何で急に影送りの話なんだ?」
首を傾げるウィルから、アマネは視線を反らした。
「ちょっと、昔を思い出しまして」
自分にとって、唯一の味方と言えた筈の弟と共に、何度もやった遊び。アマネにとって、あの時間が日本にいた自分にとっての幸せだった。
「ま、言いたくない話は無理に聞かねぇよ。あ、そうだ」
ウィルは思い出したように椅子から立ち上がると、一度部屋を出て、またすぐ戻ってきた。
「これ、やるよ」
「ウサギのぬいぐるみですね。しかも、手作りの。ウィルが作ったんですね」
売り物と言えるほど、そのぬいぐるみの布はあまり綺麗ではなかった。糸の縫い目も若干荒く、素人より少し上の人が作ったような物だ。
「ほら、日本ではウサギの置物とかあったりするんだろ?お前はあんまり日本の話をしないし、日本に繋がるものを持とうとしない。けど、自分の生まれた国を毛嫌いしてるようには見えねぇ」
そこで言葉を切ると、ウィルはちょっと困ったように頬を掻いた。
「その布の柄、日本の花が刺繍されてるし、一つくらいはお前の側にあってもいいんじゃないかと思ってさ。ほら、俺刺繍とか縫いもんとかの仕事もしてたし」
日本という国。それはアマネがもう戻ることのないと決めた国。
だが、ウィルの言うとおりだった。アマネは生まれた国が決して嫌いだった訳ではない。
「君は単純ですが、時々予想できないことをしますね。興味深いです」
「ねぇ、この流れで俺貶すの止めてくんねぇ?」
折角柄にもないことをしたのにと、ウィルが眉間に皺を寄せると、アマネはウサギのぬいぐるみを腕に抱えてドアへと向かう。
「ありがたく、飾らせていただきますよ『優秀な助手君』」
最後に日本語で喋ると、部屋を出ていった。
「……褒められた?それとも、貶された?え?どっちだ??」
頭を抱えるウィルに、答えをくれるものはいなかった。