女探偵アマネの事件簿(上)
「……………………………死ぬ」
「ウィル、早くしてください。怪盗が現れるのは今夜ですよ?流石に前回のように下調べは出来ませんでしたが」
蒼白な顔のウィルを振り返り、アマネはベーカー街へと向かう。
黒の貴公子が狙うウンディーネの雫は、ベーカー街に住む雑貨屋の店主の物だ。
「なぁ、お前さ。人が折角助手にやり甲斐を感じてたのに、即刻その感動ぶち壊すの止めてくれよ。もう助手嫌になってきたよ」
先ほどの飲み物とは言えない物体を思い出すと、胃の中からせり上がるものを感じる。
「すみません。小麦粉と砂糖とケチャップを入れたら、新食感なものが出来そうだと思いまして」
「飲み物に新食感とか求めんなよ!何か俺に恨みでもあんのかゴラァ!」
流石のウィルも、今回ばかりはキレそうになる。というかほぼキレている。
「分かりませんよウィル。近い将来、コーヒーと食感が融合する時が来るかもしれません。時代は常に動き続けているんです」
「何を語ってんだよ。何処からそんな自信が沸いてくんだお前は!」
「そう言えば、急にその男の人のとこ行っていいのか?依頼はされてないぞ?しかも、警部達も護衛はしないってどういうことだよ」
これ以上怒るだけ無駄だと思ったウィルは、軽く深呼吸をすると、疑問に思っていたことを聞く。
「恐らくですが、大丈夫ですよ。そもそも、予告状は新聞の裏に書いてありましたから」
「………え?どういうこと?」
ウィルの疑問に、アマネは答えなかった。
「初めまして。こんな可愛らしい探偵のお嬢さんと、頼もしそうな好青年が私の宝石を守ってくださるとは光栄ですな」
二人を出迎えたのは、優しく微笑む男性。だいぶ皺が刻まれていて、髪も白髪だが、背筋をしっかり伸ばしている。
「今日はよろしくお願いしますぞ」
「はい!任せてください」
元気良くウィルが返事を返すと、アマネも軽く頷く。
「怪盗は必ず捕まえますよ」
今の時間は夜八時。予告状の時間は八時半。後三十分ある。
アマネとウィルは男性に宝石のある部屋へ案内してもらった。
「これが、私の宝物です」
水色の宝石が、ひし形にカットされており、銀色の指輪に嵌め込まれていた。
「あれ?この宝石、何となく見覚えが……気のせいか?」
「君も勘が良くなってきましたね。見覚えがあるのは当然ですよ。これはセイレーンの涙の姉妹石ですから」
「おや、良くご存じで」
男性は驚いたように目を見開く。
「セイレーンの涙とウンディーネの雫は、元々一つの宝石です。それを二つに分け、それぞれの装飾品へと嵌め込みました。セイレーンの涙とウンディーネの雫は貴族の女性が、母親から譲られた物で、その片割れを女性の恋人へと渡しました」
アマネはそこで言葉を切る。
「セイレーンの涙は女性の元に、ウンディーネの雫は男性の元に。例え結ばれなくても、心だけは男性と今も要られる。小説で言うところの悲恋話。ですが、それ故に二人の絆が途切れない。今も美しく記憶に残っていられるのでしょう。………だから、欲しかったんでしょう?黒の貴公子」
アマネは男性を振り返る。
「え?何言ってんだよアマネ!この人の何処が黒の貴公子なんだよ?!」
「お嬢さんは面白いことを言うね」
男性は困ったように眉を下げる。
「私達がここに来た時、貴方は私を『探偵のお嬢さん』と呼びました。私は貴女に探偵だと名乗っていません。普通は、女で日本人である私を探偵だと思う方はいませんよ。残念ながら、私の知名度はまだ低いので」
「言ってて虚しくならねぇ?」
ウィルの苦笑いを無視し、アマネは続ける。
「それから、私はここに来ると一切知らせませんでした。それなのに、突然来た私達に貴方は驚かなかった。つまり、貴方は私が来ることを知っていたんでしょう。……違いますか?」