女探偵アマネの事件簿(上)
どれくらい歩き続けたのか分からない。俺は物ごいをしても殆ど何も得られなかったことで、足に力が入らず、どこかの家の前で倒れた。
その後の記憶が殆どなく。誰かに抱えられたような感触だけは覚えてた。
「はぐっ………むぐっ!!」
「そんなに慌てて食べんでも、誰も取りゃせんよ」
目が覚めると、部屋中に良い臭いがし、俺は食べ物が並べられている机に急いで走りよると、無我夢中で食い漁ってた。
今思い出すと、すっげー汚い食い方だったな。爺さんごめん。
「ほぅ………そうか。救貧院の」
食事を終えると、俺は爺さんに自分のことを話した。何故その時、爺さんを信用してたのかは分からない。
けど、何となく暖かかった瞳に安心したんだ。
「俺、あそこに帰りたくない!俺もう嫌だ!!」
「……わしは独り暮らしでな」
「?」
「老人一人では何かと大変での。お前がわしの手伝いをしてくれるのなら、ここに居てもいいぞ?」
それは、爺さんなりの提案だった。
「また、働かされるのか?また牛と豚を切らなきゃなのか??」
「違う違う。お前にはそれよりも、大事なことを学ぶ必要があるからの。それに、肉体労働は悪いことではないぞ。しっかり食べて、体力と筋力をつけることも、子供の立派な仕事じゃ」
爺さんの言葉の意味が分からないながらも、食べ物にありつけると言うことは分かったので、俺は爺さんの世話になることにした。
「名前は?」
「ウィリアム。でも、あんまり呼んでもらえない」
「ウィリアム……か。良い名じゃな。呼ばないのが勿体無い。わしはハーバル・ヴァレンタインじゃ。お前にはヴァレンタインという姓をやろう。わしの家族になったお祝いじゃ」
煤で黒ずんだもじゃもじゃの髭を揺らしながら、爺さんは笑った。
「ウィリアム・ヴァレンタイン。わしの孫じゃ」
「………うん!」
爺さんとの暮らしは、救貧院なんか比べ物にならないくらい幸せだった。爺さんは元々家庭教師だったらしく、時間がある時は、俺に読み書きを教えてくれた。
「ごほっごほっ」
「無理すんなよハーバル」
十五才になった俺は、未だに爺さんを名前で呼んでいた。と言うのも「爺さん」と呼ぶのが何となく照れ臭かったからだ。
本当の孫でもないから、心のどこかで遠慮していたと言うのも、あるかもしれない。
「………ウィリアム」
「ん?」
俺は料理をしながら、爺さんに相槌を返す。大きくなってからは、家事は俺の専門になりつつあった。薪割りも俺の方が力があるから上手く割れたし。
それに、育ててくれた爺さんに、楽してほしかった。
「もうすぐわしは、神様の元に行かねばならん」
「は?……いきなり何言ってんだよ。寝言なら寝てる時に言えよ。耳当てて聞いてやるから」
俺は、爺さんの言葉の「神様の元に行く」という意味をもう知っていた。
「お前は年々生意気になっていくのう。昔はあんなに可愛かったと言うのに。時の流れは残酷じゃのう……はぁ、やれやれ」
大袈裟に首を横に振る爺さんに、俺はピクピクと口端が痙攣するのを感じた。
「そんだけ元気があるなら大丈夫だな。ハーバルの好きなひよこ豆たっっっぷり入れてやったからな!残さず食えよ!」
机の上にドンっと音をたてて置くと、俺は自分の分もよそう。
「小僧!!わしはひよこ豆は好かんといっとろーが!」
「はいはい、ひよこ豆馬鹿にすんなよー。超美味いから」
俺と爺さんのやり取り。俺の性格は絶対爺さんの影響によるものだな。
そして、あれから三日後。爺さんは眠るように死んだ。爺さんは自分が死んだらこの家を売って、その金で俺が生きる場所を見つけろと言った。
「………ごめんな。俺、最後まで自分が孫だって自信持てなかった。……こんな俺に愛情ってやつ注いでくれて、ありがと………ハーバル爺さん」
爺さんの墓は、売った家(正確には取り壊された)があった所に建てた。
親族はいなかったし、爺さんを知ってるやつも殆ど居なかったから。
ポタポタと、頬を伝う雫を乱暴に拭う。俺は、最後まで「爺さん」と呼べなかったことを後悔した。
俺は最後に、爺さんの墓に花を添えて、爺さんの言葉通りに自分の居場所を探しに行くことにした。
その後の記憶が殆どなく。誰かに抱えられたような感触だけは覚えてた。
「はぐっ………むぐっ!!」
「そんなに慌てて食べんでも、誰も取りゃせんよ」
目が覚めると、部屋中に良い臭いがし、俺は食べ物が並べられている机に急いで走りよると、無我夢中で食い漁ってた。
今思い出すと、すっげー汚い食い方だったな。爺さんごめん。
「ほぅ………そうか。救貧院の」
食事を終えると、俺は爺さんに自分のことを話した。何故その時、爺さんを信用してたのかは分からない。
けど、何となく暖かかった瞳に安心したんだ。
「俺、あそこに帰りたくない!俺もう嫌だ!!」
「……わしは独り暮らしでな」
「?」
「老人一人では何かと大変での。お前がわしの手伝いをしてくれるのなら、ここに居てもいいぞ?」
それは、爺さんなりの提案だった。
「また、働かされるのか?また牛と豚を切らなきゃなのか??」
「違う違う。お前にはそれよりも、大事なことを学ぶ必要があるからの。それに、肉体労働は悪いことではないぞ。しっかり食べて、体力と筋力をつけることも、子供の立派な仕事じゃ」
爺さんの言葉の意味が分からないながらも、食べ物にありつけると言うことは分かったので、俺は爺さんの世話になることにした。
「名前は?」
「ウィリアム。でも、あんまり呼んでもらえない」
「ウィリアム……か。良い名じゃな。呼ばないのが勿体無い。わしはハーバル・ヴァレンタインじゃ。お前にはヴァレンタインという姓をやろう。わしの家族になったお祝いじゃ」
煤で黒ずんだもじゃもじゃの髭を揺らしながら、爺さんは笑った。
「ウィリアム・ヴァレンタイン。わしの孫じゃ」
「………うん!」
爺さんとの暮らしは、救貧院なんか比べ物にならないくらい幸せだった。爺さんは元々家庭教師だったらしく、時間がある時は、俺に読み書きを教えてくれた。
「ごほっごほっ」
「無理すんなよハーバル」
十五才になった俺は、未だに爺さんを名前で呼んでいた。と言うのも「爺さん」と呼ぶのが何となく照れ臭かったからだ。
本当の孫でもないから、心のどこかで遠慮していたと言うのも、あるかもしれない。
「………ウィリアム」
「ん?」
俺は料理をしながら、爺さんに相槌を返す。大きくなってからは、家事は俺の専門になりつつあった。薪割りも俺の方が力があるから上手く割れたし。
それに、育ててくれた爺さんに、楽してほしかった。
「もうすぐわしは、神様の元に行かねばならん」
「は?……いきなり何言ってんだよ。寝言なら寝てる時に言えよ。耳当てて聞いてやるから」
俺は、爺さんの言葉の「神様の元に行く」という意味をもう知っていた。
「お前は年々生意気になっていくのう。昔はあんなに可愛かったと言うのに。時の流れは残酷じゃのう……はぁ、やれやれ」
大袈裟に首を横に振る爺さんに、俺はピクピクと口端が痙攣するのを感じた。
「そんだけ元気があるなら大丈夫だな。ハーバルの好きなひよこ豆たっっっぷり入れてやったからな!残さず食えよ!」
机の上にドンっと音をたてて置くと、俺は自分の分もよそう。
「小僧!!わしはひよこ豆は好かんといっとろーが!」
「はいはい、ひよこ豆馬鹿にすんなよー。超美味いから」
俺と爺さんのやり取り。俺の性格は絶対爺さんの影響によるものだな。
そして、あれから三日後。爺さんは眠るように死んだ。爺さんは自分が死んだらこの家を売って、その金で俺が生きる場所を見つけろと言った。
「………ごめんな。俺、最後まで自分が孫だって自信持てなかった。……こんな俺に愛情ってやつ注いでくれて、ありがと………ハーバル爺さん」
爺さんの墓は、売った家(正確には取り壊された)があった所に建てた。
親族はいなかったし、爺さんを知ってるやつも殆ど居なかったから。
ポタポタと、頬を伝う雫を乱暴に拭う。俺は、最後まで「爺さん」と呼べなかったことを後悔した。
俺は最後に、爺さんの墓に花を添えて、爺さんの言葉通りに自分の居場所を探しに行くことにした。