女探偵アマネの事件簿(上)
「それで、何で橋の下なんだい?」
「ここなら、万が一発砲しても被害者は貴方だけなので」
探偵にあるまじきことを言うアマネに、黒の貴公子はクスクスと笑っている。
「それはそれは、せいぜい気を付けるよ」
「それで、何の話をする気ですか?」
アマネは腕を組んで黒の貴公子を振り返った。
「……ミス・アマネ。君のことを調べさせて貰ったよ。このイギリスでの君の情報と、日本にいた頃の君の過去。そして、ここイギリスで亡くなった君の叔父さんとのこと」
「……………それで?」
アマネは静かな声で続きを促す。知らぬうちに、銀色のピアスを左手の人差し指と親指で摘まんでいた。
「君の傷は、思ったよりも深かった。でも、今ここでそれを掘り返すような真似はしないよ。今日は、僕の話をしに来ただけだから」
黒の貴公子は、柱に背をつけ両腕を組む。
「君に興味が湧いたから、君を手に入れるために過去を調べた。でも、僕だけが一方的に相手の傷を知っているのはフェアじゃないだろう?だから、僕の過去を話そうと思って。……きっと君なら、僕のことを真に理解してくれると思ったから」
「………」
アマネはただ無言で黒の貴公子を見ている。だが、ここから動く気はないらしい。
アマネが去る気配を見せないことから、黒の貴公子はどことなくホッとしたように微笑む。
「僕の本名は『フランツ・バルレット』。フランスのとある貴族の男が、愛人に生ませた子供だ」
黒の貴公子―フランツは、少し天気の悪い空を見上げてから、幼い頃のことを思い出す。
「僕の母親は、僕を身籠ったまま貴族の父から捨てられ、森の奥の廃墟に近い小屋で暮らしていた。僕のこともそこで産んだらしいよ」
産まれた子供を、彼女は愛した。例え貴族の男にとって彼女は邪魔になった存在でも、彼女は彼を心から愛していた。
「母しか居なかったせいか、僕は我が儘ばっかり言う子に育っちゃってね。あれが欲しい、これが欲しいと言っていた。何でも欲しがる所は、どうやら父親に似たらしい」
欲しいと思ったものは必ず手に入れ、けれども手に入ったらすぐ飽きて捨てる。
「母がそんな我が儘放題の子供に愛想がつきるのは、時間の問題だった」
安い給料でやりくりし、子供の面倒を見るのは、酷く負担になることだった。
「ある日、母は僕を置いて家を出てったきり戻ってこなかった。僕は人の物を盗る才能があったみたいでね、母がいなくなって、空腹に耐えられなくなった僕は、町で盗みをするようになったんだ」
フランツは、そこで目を閉じた。