女探偵アマネの事件簿(上)
僕は、母からの愛情が途絶え、欲しくても手に入れられない無力感から、心の穴が広がっていくのを感じた。
欲しい欲しい欲しい。無償の愛が欲しい。この穴を埋めてくれるものが欲しい。
僕の頭の中は、穴を埋めることで一杯だった。
それは、大人になってからも変わらない。人の持っている宝石が美しく見え、ある日僕は怪盗としてそれを盗み出すことにした。
ああ、誤解しないでほしいけど。別に目立ちたがりやって訳じゃないよ。……名を世間に知らしめ、母に見せ付けたかったんだ。
良く言うだろ?親は子供のことなら何でも分かるって。
他の人が気付かなくても、僕を産んだあの人なら気が付いてくれる。そして、もし僕のことを探そうとしてくれたら、僕はもう一度穴が埋められる。
……ま、実際それは不可能だったんだけど。母はもうとっくにこの世を去っていたらしいし。
何で知ってるって顔だね?調べたからだよ。僕がフランスでそこそこ有名になっても、母親らしき影は見当たらなかった。
僕は気がそこまで長くないから、そっちが来ないなら、自分から行くって勢いでね。
母は僕を捨てた後、酒場で知り合った無職の男と恋人になり、その男から金をせびられ、最後は殺されたらしいけど。
「母さん。…………貴女はやっぱり、僕のことは要らなかったの?」
母が死んでしまってから、僕は余計に愛情を求めた。僕の容姿から、女性に言い寄られることはあったけど、僕は愛する人と幸せそうに微笑んでいる女性にしか魅力を感じなかった。
「宝石でも、女性でも何でも良い。誰か僕を愛してよ」
母の墓の前で、僕は呟いていた。
「……と言うのが、僕の過去。助手君と君に比べたら下らないかもね。でもさ、子供は皆、親から無償の愛を与えられるべきなんだ。僕はあの頃得られなかったものを、今手に入れようとしてるだけ」
過去を話終えたフランツは、そのままアマネの側へ寄ると、彼女のピアスへと手を伸ばす。
すると、アマネは素早く横へと避けた。
「触らないでください!」
「そのピアスは、君の叔父さんの形見だね。愛情が凄く感じられる」
フランツはアマネの前に手をかざす。決して届かないと知りながら、かざした手のひらをギュッと握り締めた。
「君はまだ、誰のものでもない。でも、僕は君が欲しくなった」
どこか切ない表情のフランツに、アマネは疑念のこもった視線を向ける。
「……私の過去を知ったのにですか?」
「君は、間違いなく被害者だ。原因は君にもあったかもしれないけど、君だけが責められるべきじゃないだろう。僕は、君と言う存在を否定したりしないよ」
「…………」
初めて、アマネはフランツに動揺を見せた。瞳が揺らいでいて、どうして良いか分からないと言う顔をする。
「どんな君も、僕なら愛せる。その代わり、君も僕を愛してよ」
一歩一歩、確実に距離を詰めるフランツに、アマネは身動き出来なかった。
フランツは、アマネを抱き締めると、耳元で何かを呟く。
「!………」
その言葉は、昔アマネが欲しかったもの。けれども、アマネは昔とは違う。
「……離れてください」
アマネはいつもよりも、少しだけ優しい声で言う。
「貴方には、確かに共感してしまえる所がありました。けれども、傷の舐めあいを私は望みません」
「………」
アマネはフランツの腕が緩んだことを確認すると、そっと離れた。
「貴方は怪盗でしょう?ならば、盗んで見せてください。同情を得ようとするのではなく、貴方なりの誠意で。けれども、私の心は盗めませんが」
「……『受けてたつよ、東雲天音』」
聞き慣れた言葉に、アマネは少し驚く。
「!日本語、話せたんですね」
「ちょっと勉強してね」
「アマネ!!」
二人が話していると、橋の上からウィルが顔を出していた。
「おや、お迎えが来たみたいだね。それでは僕は退散しよう」
「おいジル!お前こんなところで、それにさっきそいつに―」
ウィルの質問に答えず、ただニッと笑みを浮かべる。
(君が僕に心を盗まれるのが先か、それとも、君が自分の気持ちに気付くのが先か、勝負だね)
これは、アマネとの賭けでもあり、ウィルとの勝負でもある。
その事を、ウィル本人は知らないが。
「この姿で君に会うことはもうないけど、友達ごっこは楽しかったよ。ウィリアム」
それだけ言うと、フランツは川へと飛び込んだ。
「何が、どうなってんだよ!」
ウィルはアマネのいる所まで降りると、アマネに詰め寄る。
「おい、ジルが川に飛び込んだのに。放っておいていいのかよ!?」
「彼なら大丈夫でしょう。何せフランスの怪盗であり、私を負かした相手ですから」
「………は?」
ウィルの思考が固まると、アマネは橋の上へと上るため、近くの草場へ歩く。
「え?いや、何?どう言うことだ?ジルが何だって?」
「買い物まだ出来てないんです。付き合ってください。後、詳しい話は後でします」
ウィルが混乱してる間に、アマネは橋の上に着いたらしく、顔を出して見下ろしていた。そしてすぐに顔を引っ込めた。
「おい!アマネ?アマネー!!」