女探偵アマネの事件簿(上)
ウィルとフランツ
「アマネ」

「何ですか?」

豪華絢爛なパーティー。キラキラ輝くシャンデリア、染み一つない真っ白なテーブルクロス。

高価な宝石を付け、着飾った紳士淑女達。

今日はある伯爵の誕生日パーティーだった。

「……何でお前はその格好なの?」

「動きやすいので」

アマネは男性用の茶色のスーツ(ウィルが普段着てるのと似ているもの)と、白い手袋を着用し、髪を一つに結んでいる。

「……で、何で俺はこんな格好なの?」

少しカサつく生地の、スカイブルーのドレスを身に纏い、赤と緑の石が散りばめられた銀色のピラスを耳に付け、きっちり巻かれたコルセットに顔を歪ましているウィル。

「このパーティーは、必ず男女のペアで参加しなくてはいけないからです。安心してください、全然似合ってませんけどバレませんよ」

「何で俺女装させられてんだよ!!お前が着ろよ!!」

「ウィル。目立ちますから静かにしてください」

シーっと口元に人差し指を立てるアマネに、ウィルは溜め息を吐いた。

何故自分はこんな所で、こんな格好をしているのだろうか?

それは遡ること三日前。


何時ものように、アマネはコーヒーを片手にサッと新聞に目を通し、それをウィルに渡した後。さらっと告げたことが発端だ。

「警部から依頼がありました。ある男性から情報を聞き出して欲しいと」

「男の人?」

「ええ、昨日亡くなられたフリッツ伯爵の友人だそうです。彼が他殺か自殺か、判断するためだそうですが」

新聞には大きく、フリッツ伯爵の話題が載せられていた。大袈裟な記事で、何者かの陰謀か?等と書いてある。

「フリッツ伯爵の友人は、近々誕生日パーティーを行うそうなので、怪しまれにくい私達に、それとなく探って欲しいとのことです」

警察を、彼はそれとなくだが、警戒しているらしい。怪しまれずに近付くなら、アマネとウィルが適任だと警部は判断した。

「という訳で行きますよ?」

「ま、警部からの依頼じゃな。断るわけにもいかないただろ」

そして冒頭の話しに戻る。


「てかさ、今からでも遅くないから、お前がドレス着ろよ」

「嫌です」

とても短く、アマネは拒否した。

アマネは普段から、女らしい格好や物を身に付けることをしない。だが、ウィルはどうしても違和感を感じていた。

アマネは男勝りという程でもないし、人並みには可愛いものは好きなのは、見ていれば何となく分かった。

動物も嫌いではないし、子供も好きな方らしく。女らしいところはある。

だが、頑なに自分が女らしくすることを嫌悪していた。

(ま、俺にこれ着せる前に、お前が着ろと言ったら顔しかめて拒否されたけど。……てか、俺が見たかったんだけど)

気持ちを認めてからは、アマネのことが余計に愛しく思えた。だから今日のパーティーでは、アマネのドレス姿を、少しだけ期待していた。

だが、そんなウィルの希望など知らないアマネは、半ば無理矢理ウィルにドレスを着せたが。

しかし、先程からの視線が地味に痛く。ウィルは頭を抱えたくなる。

「…………じょそ…………しら?」

「うわ……………ぞ?」

こそこそと、何を言っているのかは分からないが、ウィルでも大体予想はつく。

ウィルの顔立ちは、整っていると言えるだろう。娼婦だけでなく、時々事務所に依頼に来る女の子に気に入られたりもするくらいだ。

だが、決して女顔でもなければ、中性的な顔でもない。可愛いという言葉よりも、格好いいという言葉の方が、間違いなく似合う。

そんな顔の男に、果たして女装は似合うだろうか?

答えは否だ。

「今日はウィルが、女装に失敗したゴリラみたいですね」

「……日頃の仕返しかコノヤロー」

声を押さえ若干暗いので、全く迫力がない。

「そう言うお前は男装似合ってるよな。体系的に」

「ええ。それが幸いでした」

仕返しのつもりで言った言葉は、アマネには効かなかったらしい。

「警部から依頼した事なので、ある程度は見逃してくださいますよ。堂々としててください」

一応パーティーの警備をするという名目で、警察官達が屋敷を囲っている。

「相当顔ひきつってたけどな……」

ウィルのドレス姿を見た警部は、同情するような視線を送っていた。

「まぁ、他のお客様も寄っては来ないでしょう」

幸いと言うべきか、ウィルが変質者として引き出されなかったのは、回りの客達のお陰と言えるだろう。

別に、彼等は心優しい善人な訳ではない(善人もいるだろうが)、ただ単にウィル達と関わりたくないだけだ。

その為、ダンスに誘われることもない。だが、アマネとしてはその方が動きやすく、好都合だった。

「このパーティーの主催者、バジル伯爵はあそこですね」

数人に囲まれている、黒いスーツを着た長身の男性は、髪を後ろできっちり固めていて、どことなく厳しそうな顔をしている。

「…………バジルか。スープに刻んで入れると美味しいよな。後、ちょっと彩りが欲しい時とかにも役に立つ」

「そっちのバジルではありませんけどね」

「知ってるよ!現実逃避だよ!」

アマネの冷静なツッコミに、ウィルは目に手を当てる。

(……帰りたい)

何となくだが、下にスースーと風が通る感じがして落ち着かない。しかも、巻いてるコルセットのせいで息苦しい。

女性とはつくづく大変だなと、ウィルはしみじみ思う。

「では、私は彼に話を伺ってきますので。君は待っててください。くれぐれも『俺』や乱暴な言葉は、使わないようにお願いしますね」

「あっ、ちょ―」

慌てるウィルを置いて、アマネはバジル伯爵の元へと歩いて行った。

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