約束
第二話
「あっ! 洋助!」
教室に入ると康一が少し驚きながら洋助に声をかける。対照的に洋助は眠気まなこで登場した。
「お前昨日何してたんだよ? 携帯にも家にも連絡入れたんだぜ?」
「ああ、知ってるよ。その件でババアにキレられたし。その後普通に爆睡してたけどな」
洋助は悪びれることなくしれっと言いのける。
「トンコツのヤツ怒ってたぞ? 自分トコのゼミ発表の手伝いをサボるなんてけしからん!って」
「ははっ、言ってりゃいいさ。所詮はトンコツだし、ゼミ手伝ったくらいじゃ単位もくれねぇじゃんアイツ」
ゼミ生の間では教授を風体からトンコツと比喩している。その名前の通り、教授は冬でもいつも油ギッシュでハンカチが欠かせない。
「ま、確かに言えてるけどな。でもよ、あんま反抗してると卒論通してくれなくなるぜ?」
「んー、そんときはそんときだろ。ダメなら留年すりゃいいし」
「オイオイ……」
「だいたい卒論なんて二年先の話だし、今は大学生活をハッピーに過ごしたいのよ、俺は」
ダラダラとした足取りで机に寄り掛かかり持論を展開する。昨日たくさん寝たせいか頭の中がぼんやり霞がかった感じだ。
「洋助らしいって言えばらしいんだけどな」
「だいたい今のうちから目的意識なんて持って何かに取り組んでるヤツなんていねぇって。こうやって学校に来るヤツ自体少ないし」
「まぁな」
洋助の指摘どおり、授業前だと言うのに教室の中には生徒がチラホラいるだけだ。
「日本の将来はどうなんのかねぇ」
「イヤイヤ、洋助だけには心配されたくないと思ってるぞ、日本は」
「そりゃそーだ。そういうお前は何か夢とかあんの?」
「俺か? 俺は卒業したら、実家の魚屋でも手伝うさ」
「へぇ、なんかそういうのもいいな。俺んちなんてただの公務員だし」
「公務員って十分立派だろう。で、洋助は夢とかあるのか?」
「ねぇ」
真顔で即答する様子に康一は呆れ顔だ。
「だよな」
「夢があったらこんなにダラダラしてると思う? そこは察しておくれよ君」
「ヘイヘイ。おっ、紳士が来たぞ」
「じゃ、俺はゲーセン行くわ」
「ってオイ!」
「紳士は出席だけで単位くれっから代筆よろしく」
康一の溜め息をよそに洋助は教室を颯爽と出て行った。
ゲーセンから直帰すると智子の小言を無視して自室にこもる。洋助の家族は父、母、兄の四人で、五つ上の兄は就職し既に家から自立していた。
貴史の仕事の関係上一家は引っ越しが多く、その度に洋助はいつも嫌な思いをしてきている。洋助自身が記憶しているだけでも四回。兄の話だと洋助が生まれてから六回は引っ越したらしい。
そんな転々とした日々を過ごしてきた洋助にとって、現実はどうでもいいようなモノと捉えるようになった。必至に頑張ることもなく、しかし落ちこぼれることもなく周りに合わせ適当に生きてきた。それが自分を守る一番の方法だと信じているのだ。
「はぁ、今日もだりぃ一日だったな」
ベッドでゴロゴロしながら洋助はテレビを見る。夜の七時ということもあり、どこのチャンネルも下らないバラエティー番組を放映していた。
「最近ホント見るもんねぇなぁ」
文句を言いながらボーっとテレビ画面を見続ける。画面にはパトカーが逃走車両を追いかけるような内容が流れており、さながら刑事ドラマの一シーンのようだ。
(……行く?……の大樹だよ)
(あ、行く行く!)
訳も分からず答え、洋助はぼやける少年の後ろを着いて行く。少年の背中は懐かしく、走る途中に見える景色もどこか記憶にある。
(ここはどこだっけ? 何か見覚えはあるだけど……)
疑問に感じながら少年の後ろを走る。しばらくすると水車の着いた民家の先に赤い鳥居が見える。
(あ、あの水車もどこかで……)