約束
第五話
「ホント、なんもない村だな」
一夜明け、宿泊先のばあちゃんが持たせてくれた弁当を抱え、洋助は村を散策する。村と言っても広範に渡り民家が点在し、徒歩ですべての民家を訪ねるには半日はかかりそうだ。
昨日は夕方に着いたこともあり、しっかりとは分からなかったが、夏本番ということもあり、山々は深い緑に彩られ、よく晴れた空から太陽がそれを熱く照らしている。
天気も良く散策にはもってこいの日と言えよう。
(さてと、ばあちゃんが言ってたことが本当なら、桜丘神社がこの村唯一の神社だったな。そこに行けばなんか分かるかもしれない)
車の通りが全くない砂利道を歩く。傍らで農作業をしているじいちゃんやばあちゃんは洋助を物珍しそうに見ている。それだけ村に訪れる人があまりいない証拠だろう。
(それにしても、ホント素朴で田舎って感じがする村だな。つーか、なんでこんな村に一時期とはいえ住んでたんだろう? じいちゃんばあちゃんの実家は全然違う県だし、公務員の親父がするような仕事があるとも思えないんだけど)
視線を見送るじいちゃん達を尻目に洋助は考えながらさっさと歩く。話しかけられてのんびり会話して何も出来なかった、なんてことにはなりたくないのだ。時計を見ると午前十時を指している。
しばらく田んぼ沿いに歩いていると、小さな小屋に辿り着く。入口の轍のあとから察するに、おそらく農作業用のトラクターを入れているのだろう。小屋の中を興味心からしばらく覗いていると突如声をかけられた。
「オマエ泥棒か?」
声の方向を向くと小学一年生くらいだろうか、ジーパンに白のTシャツ、手に携帯用ゲーム機を持った少年が小屋の上から顔だけ覗けていた。
「いや、泥棒じゃないよ。何が入ってるから気になって覗いてただけさ。こういうのってあんま見たことなかったからな」
「ふ~ん、これ知らんの? これは備蓄庫だよ」
少年は屋根から飛び降りて説明をしだす。
「刈ったばかりの玄米をこうやって入れとけば一年中おいしい米が食べられるんだ。すごいだろ」
きっと誰かからの受け売り説明なのだろうが少年は自慢気だ。
「兄ちゃん、この辺の人じゃないやろ? 見たことないもん」
「ああ、昔住んでたらしいけど、全然記憶にはないんだよ」
「ふ~ん」
見知らぬ人物に対して少年は興味津津のようだ。
(お、そうだ。コイツに案内してもらうのがいい手だな)
「ところで少年。桜丘神社ってどこか知ってるか?」
「桜丘神社? 知ってるよ」
「もし暇なら案内してくれないか?」
「う~ん、俺もいろいろ忙しいからなぁ~、どうしよっかなぁ~」
少年は即答せずもったいぶった言い方をする。
(土曜の朝っぱらからゲームやってるヤツがよく言うよ)
「じゃあいいよ、神社は一人で探してみるから」
わざと素っ気なく返事をして小屋から離れて行く。こういう場合、変に下手に出ないことがいいと経験上知っているのだ。しばらく道を歩いていると案の定、少年は洋助の後ろを付いてきている。
洋助が振り向く度に少年は知らん振りをするが、新参者の洋助に興味があるのはバレバレだ。しばらく様子をうかがうと再び少年に近付き話しかける。
「一人で行ってもつまらないし、一緒に神社に行かないか?」
「行く」
予想通り今度は素直に返事をする。抵抗しても無意味なことを悟ったのだろう。
「で、神社への道はこのままでいいのか?」
「ああ、このまま真っ直ぐで着くよ。兄ちゃんは何で神社に行くの?」
「ん、大学の勉強の一環で神社を調べに来たんだ」
「ふ~ん、嘘くさ」
「おぃ」
「それよりさ、俺すっげぇーいいとこ知ってんだ。見てみない?」
少年はイキイキした表情で問う。
(行くあてがあるわけでもなし、しばらくコイツにつきあってみるか)
快く了解する洋助に少年は嬉しそうに笑った。