出稼ぎ公女の就活事情。
「リディ」

 いつの間に、人の姿になったのか。
 リルの大きな手が、わたしの頬を覆った。

 わたしは余計に目が開けられない。
 だって、獣のリルは……その、つまり裸の状態で。
 だとすれば今、目の前にいるリルは。

 リルの手が離れて、少しほっとする。
 それでもまだぎゅうっと目は瞑ったわたしの耳に微かな衣擦れの音が聞こえてきた。

「リディ、もう目を開けて大丈夫ですよ」

 リルの声に、そおっと少しずつ目を開くと、紺色のズボンにシャツを羽織ったリルの姿があった。
 生成りのシャツは本当に羽織っただけで、はだけた隙間から鍛えられた胸元と腹筋が見えた。

 すごい。リルったら割れてるのね。
 ついそのしっかりと割れた腹筋に感心してしまう。
 
「リディ?」

 しまった。
 見惚れてしまっていた。

 かあ、と頭に血が上る。

「……え、えっと」

 どうしよう。
 どうすればいい?

 わたわたしていると、またリルの手がわたしの頬に触れた。
 リルの手は大きくて少しだけゴツゴツしてて、優しい。わたしはそれが寂しい。
 
 3ヶ月後にわたしに触れる手は、この手では決してないから。

「だったら私の世話をしてみますか?」
「……え?」

 突然の提案にキョトンとすると、リルは小さく笑った。
 その顔がどこか悪戯を思いついた子供みたいに見えて、わたしは目を瞬く。

「では、さっそくお願いします」 
「はい?」

 お願いしますって、わたし、何をお願いされてるの?

「服を着たままでは獣化できないでしょう?」

 あ、なるほど。
 ……って、え?

 わたしはリルの顔を見上げて口をパクパクさせた。
 驚きすぎて、声がでない。 

 いったい、リルはいま何を言ったの?
 服を着たままでは獣化できない?
 そうなのかしら。
 確かに着たままだと布が破けてしまいそう?


 でも、え?

「……リル?」

 わたしは唖然としてリルを見上げるけれど、リルは悪戯っぽい笑顔のままで。

 わたしの手を取ると、その手を自分の着ているシャツの襟元に添えた。

「今回は上だけで勘弁してあげましょうね」
「……ふ、ふぇ?」

 え?え?
 今回は上だけって、それってそのうち下もになるってこと、よね?

 クラクラする。
 
 頭に血が上りすぎてクラクラクラクラ。
 これって目眩?

 ああそうじゃなくて。

 わたしが、脱がすの?
 リルのシャツを?

 
 どうしよう。
 仕事をしたいって言ったのはわたしだけど。
 確かに他の使用人と同じように扱ってとお願いしたけれど。

 
 やっぱりムリって逃げ出してもいいかしら?

 
 
 
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