出稼ぎ公女の就活事情。
 いったいリルはどうしちゃったんだろう。

 人に対して、こんな風にひどい言葉を投げつけるような人だった?
 それとも別れてから、変わってしまったのだろうか。


『銀の雛亭』で再会した夜は、何も変わっていないと思ったのに。 

 わたし?

 それともわたしが悪いのかな。
 わたしが身の程知らずに仕事がしたいとか言い出したから。

 世間知らずのお姫様が馬鹿げた我が儘を言っているように思ったのかな?


 さっきまで幸せな気分だったのに、あっという間にどこかに行ってしまった。

 ふわりと暖かな重みが、わたしの背中に触れて、ふわふわな尻尾が腰に回されるけれど、いつものようにホッコリと胸が暖かくならない。
 むしろ、どんどん冷めていく。

「リディ?すみません、言いすぎました。ですがもともと私が求めていたのは朝と夜のグルーミングです。それさえきちんとできていればあなたの仕事はできているんです。ですから、あとはのんびりしてくれていたらいいんですよ?二月後には必ずお給金は約束通り支払いますし、国にも……返しますから」

 妙に言い訳がましいリルの言い様にわたしは微かに笑った。
 
 リルはいったい何がしたいの?
 何が言いたいの?


「もう、いいよ」

 なんだか疲れちゃった。
 へこんだり浮上したりへこまされたり。

 もう、限界だ。

「わたしの仕事は朝と夜のグルーミング、それでいいんだよね?ならそれはちゃんとします。でもだったらそれ以外の時間は業務外だって思っていいんだよね?」
「それは……」
「だったらそれ以外はわたしの好きにするね?」

 リルが何か言いかけた言葉を、わたしはわざとつぶした。

「大丈夫。もうリルのお世話をしたいとか言わないから」

 言って、わたしは笑う。
 きっと、不自然で気持ち悪い笑い顔。
 
「ごめんなさい。我が儘言って」

 振り向いて、リルの顔を見ないまま頭を下げた。


♢♢♢♢♢


「リディア様、どうかされましたか?」

 部屋に帰るなり、ミラさんに心配顔でそう言われてしまった。

「ううん。なんでもないの」
「そうですか?ですが顔色が」
「う、ん。少し疲れてるかな?」

 身体というよりも、精神的に、だけど。

「まあ、では昼食の前にお風呂で温まれますか?温かいお湯にゆっくりと浸かれば身体も解れますし、リラックスもできますわ」
「でも」

--こんな時間に?
 
 確かにあったかいお湯に頭から浸かりたい気分かも。ゆっくり考えを整理する時間にも良さそうだけれど。

「大丈夫です!いつでも入って頂けるようになってますから。たまには朝風呂もいいものですよ?」
「……うん」

 言いながらもすでにわたしの手を引くミラさんに促されて隣の部屋へと移動した。

 わたしが与えられた部屋は二間続きになっていて、隣の部屋の奥には専用のトイレとお風呂がある。

 テキパキとドレスを脱がされて、湯船に浸からされた。

 ミラさんの言った通り、温かいお湯が色んなものを解してくれる気がする。
 身体の疲れも、心の疲れも。

「どうせですからマッサージもして髪に香油も塗ってしまいましょう。肌も髪もつやっつやにしちゃいましょうね!」

 張り切ってむん、と腕を上げるミラさんに笑ってしまう。

 良かった。まだ、ちゃんと笑えるみたい。

 



 


 



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