出稼ぎ公女の就活事情。
 リルがわたしに用意してくれた服は、本当にすべて庶民的ではないドレスだったらしい。
 
 わたしの持参したトランクケースは衣装部屋にちゃんと保管されていたので、わたしは渋るミラさんを急かしてトランクごと出してもらうとその中からブラウスとカーディガン、スカートと靴下、踵の低い靴を選んで取り出した。

 丸首に飾りボタンの白いブラウスはわたしのお気に入りだ。それに淡いレモンイエローのカーディガン。
 スカートはオフホワイトのフレアスカート。
 靴下は薄手のスカートと同系色で、靴はカーディガンと同じレモンイエロー。

 フランシスカにいた時にお気に入りで街に出かける時によく着ていた一揃え。

「これなら一人で着れるから」

 手伝いはいらない、と言ってミラさんには部屋を出てもらう。

 いまだ困惑して、躊躇するミラさんを半ば強引に追い出したところで、わたしは大きく息をついた。

 
「大丈夫、大丈夫」

 わたしの我が儘だもの。
 ミラさんがひどく怒られるようなことはないはず。

 侍女として着かされたからには、ミラさんがわたしに意見をしたり、行動を抑制するのにはどうしても制限がかかる。
 
「大丈夫だよね?」

 もし、わたしのせいでミラさんに迷惑がかかってしまったら、と想像すると躊躇してしまう。
 主人の言動を諫めるのも、時として侍女の仕事。

 わたしの我が儘のせいで、ミラさんがリルや上の役職の使用人に叱責されてしまったらと思うと、申し訳がない。

--ここは思いっきり我が儘を通すしかないよね。

 あれじゃあ諫められなくてもムリない。むしろお姫様の我が儘に振り回されて気の毒、くらいまで。

 服を着替えて、ミラさんに香油を塗ってツヤツヤにしてもらったプラチナブロンドの髪をハーフアップにする。結んだのは国を出た時にも髪に結んでいた白いレースのリボンだ。
 
 16才の成人の誕生日に弟たちがお小遣いを出し合ってプレゼントしてくれた大切なもの。

 決して高価なものでもないし、珍しい細工のものでもない。街の露店にでも普通に並んでいるような品。
 けれどこれを髪に結ぶと、不思議と勇気をもらえるような気がするのだ。

鏡を覗き込んで毛先を整えていると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 と声をかけると、ドアが開かれる。
 そこには、予想通りのミラさんと、そしてもう一人。

 この邸をリルから任されている執事長--カルダさんという名の男性がいた。


 カルダさんは黒縁の眼鏡を神経質そうな仕草でくいっと持ち上げると「失礼します」と一礼し、部屋に入ってきた。

 きっちりオールバックに整えた黒髪にひんやりとした印象の青い瞳。いつも黒縁の眼鏡をかけ、皺一つない執事服をビッシリと着こなす様はいかにも仕事のできる敏腕執事。

 顔立ちも神経質そうな細面ではあるものの、悪くはない。
 年もたぶんまだ20代の後半から30代前半といったところ。若いメイドさんたちが陰でキャーキャー言いそうなイケメン執事さんだけれど。

 うん。
 やっぱりわたしは苦手だ。

 黒縁眼鏡の奥の青い瞳はいつも静かで、何を考えているのかがわからない。

 他の獣人さんたちがなんとなく耳や尻尾の動きで気分が伺えるというのもあるかも知れない。
 彼らの耳や尻尾はとても表情豊かだもの。

 今もカルダさんと後ろに控えるミラさんの頭にはペタンと伏せてしまった犬耳がその心情を如実に物語っている。

 カルダさんは獣人だけれど、リルたちとは少し違う。
 獣人--とはいうけれども、獣だけ、というわけではない。爬虫類の獣人もいれば、鳥の獣人もいる。

 獣の耳も、尻尾も持たないカルダさんの背には、服に隠れるほどの小さい羽根がある。
 獣化して、広げれば大きく羽ばたき空を飛べる真っ黒な夜の色の羽根。

 カルダさんは、鴉の獣人なのだ。
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