出稼ぎ公女の就活事情。
「何かご用ですか?」

 カルダさんがわたしの前に出てくるのは珍しい。
 基本的に自分で動くよりは周りに指示をして動かす人だから。わたしだけでなく、リルの世話もあまりしている様子もない。

 だけどすべての仕事はチェックして、適切に指示を出す。きっと自分で動いてもきっちり仕事のできる人。

 何もできないわたしからするととても羨ましい人。
 カルダさんがやってきた理由はわかっている。
 わたしの「街に出かける」発言をミラさんがカルダさんに報告したのだろう。

 わかっているけれど、あえてわたしは何の用か、と聞いた。そのわたしの態度に珍しくカルダさんの顔に表情が浮かぶ。
 ほんのわずか。
 浮かんだのは、おそらくは苛立ち。

 もともと無表情な上に身長もあって、威圧感のあるカルダさんのそんな表情は、はっきり言って怖い。

 弱気がムクムクと湧き上がってきてしまいそうだけど、ここで呑まれてしまったらたぶん二度と外に出るなんて言えなくなってしまう。

 わたしは着替えたばかりのフレアスカートの裾を両手に握って、カルダさんの冷たい視線を見返した。

「街に出かけたいと聞きましたが」

 ああ、カルダさんの口調はリルが冷たい時の口調とよく似ている。
 どちらも落ち着いていて、静かで、冷たい。
 主従はこんなところも似るものかしら。

「ええ。いけませんか?今日はリルも帰って来ないらしいですし、ここにいても仕事もないですし。なら街を見て歩きたいなって」

 できるだけ無邪気に、我が儘なお姫様らしく意識しているつもりだけれどうまくできているだろうか。

 一応、以前に少し勤めていたお邸の貴族のお嬢様を参考にしている。
 無邪気で可愛らしいけれど、甘やかされて育ったためか、使用人には我が儘扱いされていたお嬢様。
でも憎めない人だったのよね。
 我が儘といっても他人が嫌気が差すようなものでなく子供らしい可愛らしいものだったもの。
 もっとも年齢は16才で、子供というには少し育ちすぎていたけれど。

「あなたは仕事でここに滞在しているのでは?」

 このセリフは予測の範囲内。
 というか当然か。 
 その通りだものね。

「ええ。でも仕事は朝と夜のグルーミングだけで、他の時間はずっとのんびりしているだけなんだもの。いい加減飽きてきたわ。それにこの一月ちゃんとした休日ももらってないわよね?」

 暗に「仕事だというのなら休日があって当然」と唇を上げて笑う。

 とんだ使用人。
 まともに仕事もしないで休みだけは寄越せだなんて。

 さて、カルダさんはどう返してくるかしら?


 わたしは当然のこととして大袈裟に溜め息でもつかれるものと思っていて。

 だから。

 次のカルダさんの返答は、予想だにしないものだった。

 彼は、黒縁の眼鏡をくい、と指先で持ち上げると、

 
「--なるほど。わかりました」

 と、言った。







 

 
< 32 / 86 >

この作品をシェア

pagetop