出稼ぎ公女の就活事情。
「……美味しい」
あんみつというのは不思議な味だった。
少しだけ白っぽい半透明のゼリーがトロリとした蜜の中に浮いている。それに赤い木の実のような小さな何かと甘く煮た餡に白いもちもちした団子に干し杏。
フランシスカのカフェにあるケーキやタルトとも違うなんというか柔らかい甘さ。
わたしはしばし先ほどまで悩んでいたことも忘れてうっとりと舌鼓を打つ。
「そうですか。よろしかったです」
丸いテーブルを挟んで座るカルダさんはコーヒーにミルクだけを入れて飲んでいる。
あんみつは食べないようだ。
「カルダさんは食べないんですか?」
わたしが聞くと、カルダさんは黒縁眼鏡を軽く持ち上げながらほんのわずか、眉をひそめたように見えた。本当にわずかな変化だから、もしかしたらわたしの気のせいかも知れないけれど。
「甘いものは苦手でして」
「そうなんですね」
それなのにスイーツのお店に連れて来てくれるなんて、さすがデキる執事というか。
--カルダさんて実はモテ男?
威圧感は半端ないし愛想もないし冷たそう。
だけど、その冷たそうというのも人によっては怜悧な美貌ということになるし、気はきくし、実は意外と紳士で苦手な甘味所にもさりげなく付き合ってくれる。
なんていうんだっけ、こういうの。
アンナの店の従業員の女の子たちに聞いたことがあるはずなのだろうけれど。
「あ、ギャップ萌えだ」
と、つい口から出してしまった。
「なんです?」
「いえっ、なんでもありませんっ!」
慌ててぶんぶんと頭を振る。
今度こそカルダさんの眉が明らかに寄った。
「……そうですか。次は旦那様にお連れ頂いたらよろしいでしょう」
「リルに?」
「はい。旦那様は甘いものも食されますので」
「へぇ……リルが」
そういえば昔、わたしがおやつを食べる時に一緒にプリンやケーキを美味しそうに食べていた。
子狼の姿なので口の周りじゅうクリームだらけにしていたっけ。
思い出すと笑ってしまう。
一生懸命食べる姿が可愛くて、こっそり炊事場に潜り込んではクリームをお皿いっぱいにしてリルの元に持っていったものだ。
後で食べ過ぎは身体に悪いとこってり怒られたけれど。
リルったら大人になっても甘いもの好きなのね。
あんなに男っぽくなっちゃったのに。
ふと、朝に見たリルの姿を思い出して赤面してしまいそうになる。
鍛えられた上半身を頭から追い出そうとわたしはスプーンを握ってあんみつを口の中に掻き込んだ。
「ところで」
カルダさんの声のトーンが変わった気がして、わたしは底の見えてきたあんみつの器から顔を上げる。
「行きたい場所があるのではないのですか?」
質問にドキリとする。
行きたい場所は、ある。
あるけれど。
「たとえば、職業紹介所だとか」
「……どうして」
いけない。
動揺を表に出してはいけないと思うのに、声が震えてしまう。
「推測ですが、リディア様は今の状態で給金を受け取ることをよしとしていないのでしょう?ですから今のままで旦那様が約束した給金を渡したとしても全額お受け取りにならないつもりではないですか?」
「--はい」
その通りだ。
きっとリルはわたしが拒否しても強引に渡そうとするだろう。それでもわたしは受け取らない。
最悪一度は受け取ってこっそり置いていく。
今のままなら受け取っても白金貨一枚というところ。それでもまだもらいすぎなくらい。
「リルにはちゃんと話をしようと思います。今のままで契約通りの金額はとても受け取れませんから。受け取れるだけの仕事をしてません。--意地を張っているのは自分でもわかってます。でもどうしても納得できないんです」
わたしはできるだけカルダさんをちゃんと見て言葉を紡いだ。
リルに同じようにするのは、まだ難しそうだなとか思う。リルと話すのはそれでなくても緊張してしまうから。『銀の雛亭』で話をしたあの日は、緊張なんてまったくなくて、思うままに話ができたのに。
「それで、あの、リルがいなくて仕事のない昼の時間に、何か別の仕事を捜そうと思うんです。またすぐにクビになるのかも知れないけど、その、邸でのんびりしているのは落ち着かないし。少しでもお金も稼ぎたいので」
また俯きたくなってしまうのを、ぎゅっと膝の上で拳を固く握ってこらえた。
人に何かを主張するのは苦手だ。
そもそも他人、特に男の人と二人で話をするということ自体に緊張するのに、わたしは自分の言っていることがただの身勝手な我が儘であると自覚もしている。
仕事を掛け持ちする。
その行為自体は珍しいことでもない。
けれどそれは本来雇い主との同意があったからこその話で。
「リルに反対されるのは、わかってます。どうせムリだろうと思われているのも、たぶん心配をかけることも。だからリルと話をする前に自分で仕事を見つけて、卑怯ですけど仕事が見つかったからやりたい、と話をするつもりです」
わかっているのならやめておけばいい。
もしこの話を他にしたとして、大半の人はそう言うだろう。
せっかく楽な仕事でお給金がもらえるのだから、後はのんびりお客様気分で楽しめばいい。向こうもそれを望んでいるのだから。
そう言う人もいるだろう。
それができないわたしは我が儘で融通が利かなくて頑固で、やっぱり世間知らずなのだろう。
あんみつというのは不思議な味だった。
少しだけ白っぽい半透明のゼリーがトロリとした蜜の中に浮いている。それに赤い木の実のような小さな何かと甘く煮た餡に白いもちもちした団子に干し杏。
フランシスカのカフェにあるケーキやタルトとも違うなんというか柔らかい甘さ。
わたしはしばし先ほどまで悩んでいたことも忘れてうっとりと舌鼓を打つ。
「そうですか。よろしかったです」
丸いテーブルを挟んで座るカルダさんはコーヒーにミルクだけを入れて飲んでいる。
あんみつは食べないようだ。
「カルダさんは食べないんですか?」
わたしが聞くと、カルダさんは黒縁眼鏡を軽く持ち上げながらほんのわずか、眉をひそめたように見えた。本当にわずかな変化だから、もしかしたらわたしの気のせいかも知れないけれど。
「甘いものは苦手でして」
「そうなんですね」
それなのにスイーツのお店に連れて来てくれるなんて、さすがデキる執事というか。
--カルダさんて実はモテ男?
威圧感は半端ないし愛想もないし冷たそう。
だけど、その冷たそうというのも人によっては怜悧な美貌ということになるし、気はきくし、実は意外と紳士で苦手な甘味所にもさりげなく付き合ってくれる。
なんていうんだっけ、こういうの。
アンナの店の従業員の女の子たちに聞いたことがあるはずなのだろうけれど。
「あ、ギャップ萌えだ」
と、つい口から出してしまった。
「なんです?」
「いえっ、なんでもありませんっ!」
慌ててぶんぶんと頭を振る。
今度こそカルダさんの眉が明らかに寄った。
「……そうですか。次は旦那様にお連れ頂いたらよろしいでしょう」
「リルに?」
「はい。旦那様は甘いものも食されますので」
「へぇ……リルが」
そういえば昔、わたしがおやつを食べる時に一緒にプリンやケーキを美味しそうに食べていた。
子狼の姿なので口の周りじゅうクリームだらけにしていたっけ。
思い出すと笑ってしまう。
一生懸命食べる姿が可愛くて、こっそり炊事場に潜り込んではクリームをお皿いっぱいにしてリルの元に持っていったものだ。
後で食べ過ぎは身体に悪いとこってり怒られたけれど。
リルったら大人になっても甘いもの好きなのね。
あんなに男っぽくなっちゃったのに。
ふと、朝に見たリルの姿を思い出して赤面してしまいそうになる。
鍛えられた上半身を頭から追い出そうとわたしはスプーンを握ってあんみつを口の中に掻き込んだ。
「ところで」
カルダさんの声のトーンが変わった気がして、わたしは底の見えてきたあんみつの器から顔を上げる。
「行きたい場所があるのではないのですか?」
質問にドキリとする。
行きたい場所は、ある。
あるけれど。
「たとえば、職業紹介所だとか」
「……どうして」
いけない。
動揺を表に出してはいけないと思うのに、声が震えてしまう。
「推測ですが、リディア様は今の状態で給金を受け取ることをよしとしていないのでしょう?ですから今のままで旦那様が約束した給金を渡したとしても全額お受け取りにならないつもりではないですか?」
「--はい」
その通りだ。
きっとリルはわたしが拒否しても強引に渡そうとするだろう。それでもわたしは受け取らない。
最悪一度は受け取ってこっそり置いていく。
今のままなら受け取っても白金貨一枚というところ。それでもまだもらいすぎなくらい。
「リルにはちゃんと話をしようと思います。今のままで契約通りの金額はとても受け取れませんから。受け取れるだけの仕事をしてません。--意地を張っているのは自分でもわかってます。でもどうしても納得できないんです」
わたしはできるだけカルダさんをちゃんと見て言葉を紡いだ。
リルに同じようにするのは、まだ難しそうだなとか思う。リルと話すのはそれでなくても緊張してしまうから。『銀の雛亭』で話をしたあの日は、緊張なんてまったくなくて、思うままに話ができたのに。
「それで、あの、リルがいなくて仕事のない昼の時間に、何か別の仕事を捜そうと思うんです。またすぐにクビになるのかも知れないけど、その、邸でのんびりしているのは落ち着かないし。少しでもお金も稼ぎたいので」
また俯きたくなってしまうのを、ぎゅっと膝の上で拳を固く握ってこらえた。
人に何かを主張するのは苦手だ。
そもそも他人、特に男の人と二人で話をするということ自体に緊張するのに、わたしは自分の言っていることがただの身勝手な我が儘であると自覚もしている。
仕事を掛け持ちする。
その行為自体は珍しいことでもない。
けれどそれは本来雇い主との同意があったからこその話で。
「リルに反対されるのは、わかってます。どうせムリだろうと思われているのも、たぶん心配をかけることも。だからリルと話をする前に自分で仕事を見つけて、卑怯ですけど仕事が見つかったからやりたい、と話をするつもりです」
わかっているのならやめておけばいい。
もしこの話を他にしたとして、大半の人はそう言うだろう。
せっかく楽な仕事でお給金がもらえるのだから、後はのんびりお客様気分で楽しめばいい。向こうもそれを望んでいるのだから。
そう言う人もいるだろう。
それができないわたしは我が儘で融通が利かなくて頑固で、やっぱり世間知らずなのだろう。